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【732】一票で選ぶ、AI未来の生き残り実験計画書 [ビジネス]

 どこかにぶつけた憶えも無いのに、先週から左のこめかみの上に痛いたんこぶができやがって結構ツラい。複数回を一貫したシリーズ物としての構成がうまく組み立てられないでいるのだが、とりあえずここ最近に布石を打ちっぱなしで刈り取り損ねている話題の処理を。
 『社会組織の新しい運用コンセプト』【727】について、例によって結論から入ってみる。

 誰か人間ごときの狭く限定された情報空間で運用方針が決まるようなチャチい社会組織に未来は無い。既に社会潮流=社会組織の自我は、人間意識+AI意識の総和で決まる時代に移行しているからだ。

 その昔、技術開発の現場で日々行われる様々な実験業務について、ジャンル区分をどうするか考えたことがある。どんな基準で切り分ければ各々の業態がまずまずタイプ別の標準形に収まり、月次計画の立案から計画書・報告書のフォームまでそれぞれ特化した最適解を設定できるのだろうかと。
 実は使用設備の都合や供試品準備の工期・数量、何よりもそれらを実作用させる人員の質と量など他の因子の寄与率の方がでか過ぎて、いっときアタマで考えただけのジャンル別に整理したところで大して良いコトは無かったのだが、ここでその時のウンチクを紹介するとしましょうかね。

 第一に、カタログ値を確証するための品質保証実験だ。
 ラインオフして来た製品、まさに値札をつけて店頭に並べるその現物が、自分ら製造元の保証するカタログ値で使えることの事実確認である。製造ラインの品検工程で全数見れる項目もあれば、抜き打ちサンプルだけに留まる項目もあるが、その思想は一定してカタログ値の全数保証である。
 第二に、開発中の設計思想が立てた仮説の正否を見極める検証実験だ。
 製造業の製品開発途上で行われる実験の大多数がこれである。試作品を実作動させてデータ計測しOK/NGを判定、予測外れでNGが検出された折には適宜修正案の検討まで実施するのが普通。
 第三に、素性の知れない対象がモノになりそうかどうか思いつくまま試す模索実験だ。
 世界初・新技術を捻り出そうと研究所や企業の先行開発部署が躍起になるのがこのゾーンであり、何かひとつ世に知らしめられるその裏には、無数の試行錯誤が藻屑と消えているものである。経験豊かな業界のプロだからって、新らしモノを見て数度の試作で実用化できる技術ネタなどあり得ない。
 つまり第一・第二に比べて恐ろしく歩留りが悪く、ある程度手応えのある成果が上がって初めて、投資回収の可能性を見据えた本格的開発プロジェクト化の初期検討が始められる。

 品質保証および検証型の実験は、そりゃ開発完了間近に大どんでん返しNGでドタバタする事態もあるけれども、やはり現実解成立を確信した実現前提の計画シナリオの遂行として『展開の可能性が閉じた仕事』なのである。対する模索実験は、とてもそうはいかない。
 一般的に財務がきつくなればなるほど手堅い投資回収が求められるため、あっと驚く起死回生の新技術は出にくくなってしまうのが解ると思う。自組織の運と底力を信じて努力を繰り返す姿は美しいが、もちろん限られた投資の規模と時期があるうちに十分な結果が得られなければ、組織の経営は道理として待ったなしで傾く。
 『期限内に絶対成功を見つける』などという非現実的な目標は最初から持たないとして、『従来常識と違えるべき時期に、最低限必要なコストを投じて、直近で変化しやすい方向に物事を向ける』、泣いても笑ってもやれるのはここまでだ。

 技術に限らず、『展開の可能性の拡がりが閉じていない仕事』こそが既存枠を破って進化代を稼ぐ。みんな入れ代わり立ち代わり死なない程度に血と汗を流し、時に得意満面イケイケで先陣を切り、時に後塵を浴び尻馬に甘んじながら、どうにかこうにか世を渡っているってことだよな。
 遥か以前にモノにならず尻切れ中断で放置していた検討ネタが、いきなり見知らぬ他人の失敗作からヒントを得て大成功することもあれば、圧倒的優位を約束され熟成を重ねて来たはずの会心の必殺アイテムが、畑違いのぽっと出ライバルから転がり出た発想の転換により一瞬にして瓦解することもある。現実は、本当に何でもアリだ。

 だからこそ、こんな現実の山谷に一喜一憂はしていいが、それを普通にやるだけで終わらせていては勝ち残れないと言っているのだ。自分たちが時間とコストをかけた精一杯のチャレンジで手にした知見を、抜け目なく役立つ情報兵器にして持てているかどうかが勝負だと思う。
 ナニを考え…いや、思慮あって始めるのも重要だが、風任せの偶然まで含めて『どんなコトに出遭って、その時その場でナニを掴んだか』の情報単位が組めるようにノウハウ蓄積し、10年後であっても100年後であっても、必要都度それを目前の現実に、迅速に適用トライアルできるようにしておきたい。

 実験業務をジャンル区分で整理しても目ぼしい成果は無かったと述べたが、私なりに一応この程度の結論には辿り着いている。最もお手軽な万人向けのお役立ち具体策として紹介したのが、かの『デスノート作文術』だったりもするワケだ【472】
 出遭った事実を出遭ったままに、その事実を受け止めた自分の意識を受け止めた精神状態のままに。事実ゆえ本人個人視点で不明点を含んでいても諸事辻褄の整合は揺るぎなく、この情報兵器の有効性は無敵である。これをこの日本国内で、社会組織の単位でやらせてやりたいと考えている。

 我々はAIなる情報処理生命体の社会参画を迎え始めており、その影響の出方を捉えて次の対応方策のトライアルを迅速に繰り返す必要に迫られている。こうして次々と現実的な成立解を求めていかなければ、人間が成す社会組織という生命体は生き残れない。
 大阪都構想・特別区再編案では、薄らバカでかくて全体像が不明瞭な270万人大阪市を、『ウチってこんな特色の社会組織だよね』と各々ハッキリ自覚できるコンパクトサイズとなるよう切り分ける。例によって4分割で平均70万人規模となるが、試して足りないようならもっと細分化してみれば良い。
 もちろん特別区の数が増えれば、区役所はじめ区政機能がそのぶん増えるので、そこに追加コストは発生してしまう。最初の一手をちょびっと大雑把気味の4分割で始めるのは良い初期案だと思う。

 大阪は今、『従来常識と違えるべき時期に、最低限必要なコストを投じて、直近で変化しやすい方向に物事を向ける』局面にある。橋下さん時代から続く大阪維新政権の現状到達点として、諦めと頽廃の淀んだ空気が一掃され、2025大阪・関西万博の開催も決まって随分と明るく活気づいた。
 当面はこの好機を捉え、この先さらに何度でもチャレンジを繰り返し、『展開の可能性の拡がりが閉じていない仕事』に立ち向かう準備体制として、大阪都・特別区再編を実現することが切望される。

 どうせまた、一体どんな論文をどこに何件出してるのかも怪しいような乞食学者が『都構想はもう終わり、これっきり』と確約めいた表現ばかり勝手の一方的に吹聴し、議論の進行とともに否定論の理屈が行き詰まって来ると、いかにもカネに困っていそうな三流五流のルンペン芸人が『悪意なき無知』を装いつつハナシの腰を折って強制終了、こんなガラクタ討論番組が散発するんだろうな。

 ともあれ大阪都構想・特別区再編案は日本行政の未来突破口なのだ。
 全国の若い人たち、是非ともその動向を注意深く追いかけていただきたい。
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【731】平成最後の難所決別記 [ビジネス]

 ずっと『ステロイドの御世話に腹を括って自身の体質とうまく付き合っていく生活』で切り抜けている知人に、今さらながら前回の暗算障害のような面倒なコトになっていると恨み節の愚痴混じりに近況報告したところ、しばし会話を続けたのち最後にはメチャクチャ羨ましがられて終わってしまった。なるほど逐一身の上を照合してみると、かつてトシのせいだ、健康なんてこんなもんだと思い込んでいた諸現象まで含めて、いつの間にか随分とマシなところまで持ち直している事実を思い知ったのである。
 6年半もかかっているのは想定外だがこの到達点は確かに正解、だがやはり『ね?イイでしょ~、今からでもヤク抜いちまえば?』などとは、とても軽々しく人に言えない。とりあえず先を頑張るとしよう。

 こうして新陳代謝を進め体質を入れ換えていく作業は、良い方にも悪い方にも、人間個人も社会組織も、それなりの経過と時間を要する。こんな痛々しい姿で写真撮っちまって向こう5年間どうするんだよ…と心配した運転免許証だが、あながちかけ離れてもいない見かけのままでその期間を過ごし切り、今度はほぼほぼ大丈夫な風貌で『平成36年まで有効』の更新版を手に入れた。

 さて『平成』の時代が間もなく終わる訳だが、私にとって平成とは『大人の辻褄が失われた時代』の感が強い。そりゃ平成以前の大人社会を肌感覚でよく知らないのは認めるけど、それにしてもこんなに計画性なかったっけ?と驚いたものだ。そう、かの『バブル景気』の時代である【104】【105】
 今なお『いい時代だった』式に懐古するメディア企画も散見されるが、若い人たち、あんなものにゆめゆめ憧れてはいけない。みんな浮かれていたが、あれで済むとは誰も心底思っていなかったはずだ。
 誰かがこのやりっぱなし無責任をひっかぶると知っている。そういう自分も今ここに一緒にいる以上は、後始末をかぶらされる可能性があることも判っている。だが。

 好況ニッポンこんだけ恵まれてんだから、それこそ浮世離れのハイリスク承知で超ビッグな賭けにでも出てなければ、一生を持って行かれるような借金人生になるはずもなかろうし。まーあ日本社会みんなで薄ら何となく希釈して、『良い時があったんだから悪い時もあるさ』なんて吐き捨てながら何年か倹約生活を強いられる時期はあるんだろうけど、それとて数年間のことだろう。カネは天下の廻りモノ、再び使い放題バラマキ放題の好景気がやってくるさ。
 自由競争市場の『神の見えざる手』なんてそんなもんだ。この程度の認識だったのだ。

 結論から行くと、この認識が間違っていた。
 そりゃそうだろうよ、だって考えるヤツひとりもいないんだもんな。そのぐらい解れよ。
 実は社会で定義される価値の総量と、それに吊り合わせる価格=通貨量について、『そこそこおかしくならないようにする管理が働いていてこそ、その管理枠内で市場の自由があり、その自由がもたらす神の手がある』という認識が正しい。
 …って、あれ?自由を管理だって?
 そんな管理を誰がやるんだ?そこそこおかしくないって何を基準に判断するんだ?

 『経済社会の自我が、社会の常識としてそこそこおかしくないことを基準に判断する』がその答である。
 端的に社会組織に参画している過半数が、まあこんな価値が社会で主張されまかり通るのもアリか、それって大体この程度のお値打ちだよね…と自然な感覚で共有するガイドラインをもって、『経済』と皆で呼び合う次元空間の共通認識が語れていること。これが経済社会成立の絶対条件だ。そこから余計な規制や介入を取り除いて、自由作動となる。
 自分ひとり社会的価値を1万円ぶん籠めたつもりだけでナニかを世に送り出しても、社会の誰ひとり値打ちを見出してくれなければ価値流通の原動力がまず発生しないし、誰か値打ちアリと思ってくれてもたった10円相当だとしたら、現実作業としてカネ交換の処理がなされず経済はぴくりとも動かない。

 みんなでやることには、みんなで『こうだよね』という世界観を共有している必要がある。

 2019年度予算が参議院の審議で方針転換叶わず、『自動的に成立した』という。
 これは政府与党が『ふっははは、我々支配階級がやると言ったら下民がどう反抗しようが我々の言うがままにやると決まっている。こうなったからには黙って我々の言いなりに従え』と勝ち誇り、いずれその通りに日本国がしげしげと動く展開につながる話なのだろうか?
 とりあえず『2019年度は何においくら国費を充てましょう』と書き込んだリストの内容が凍結されたという認識までは共有して良いんだろうが、こんな現実もついてこない断片的な空想列挙の落書きを『予算成立』と吹聴されたところで、日本経済の過半数を占める市場の現場は誰も動けないし動かない。
 自動的だの成立だの無意味な日本語を口走るヒマがあったら、急遽スケジュールを組み換えてでもちゃんと現実がついてくる予算を固めるのが先決だと思われるのだが。

 役所が日本社会の万年どん底不況を知りながら、市場調査のデータを不正に捏造して『日本経済は余力十分』とウソの内容に変えていた事実がバレた。役所はウソを認め、続いて万年どん底不況を裏付けるデータが堰を切ったように流出し始めたのだが、その事実をモロに突き付けられても、世襲のガキはえへらんえへらんふざけた態度で政策を直さなかった訳だ。
 あほもここまで来ると、これも『本人の勝手』ってことになるのかねえ。手錠が怖いんだろうが【691】、文字通りの処置ナシである。
 日々生活をかけて経済社会を暮らす日本国民の過半数としては、『ウソだと明白なウソに調子を合わせ、モノの道理として実際に失敗する』なんてヒマな自滅行為はやらない。日本社会の自我はアタマがおかしくなった国家経済統治を無視せざるを得ないのである。

 こんなデタラメなことになる理由が、旧来の日本文化にあると思う。
  『組織運営における機能的役職に、適性を無視した人選を放置して平気でいられる』
 これを平成元号の幕引きに合わせて、日本文化の抹消すべき弱点として、特定して意識付ける必要があると思う。そして将来日本勢力を構成する、未来ある社会層から、旧態依然の老衰寄り合い区画をきっぱり切り分けて隔離にかかりたい。

 その能力もなければ器でもない粗悪人種を要職につけてしまった現状がある…までは仕方ないとして、元気で健康な若年層まで含む組織生命体トータルの生存欲求の本能に逆らってまで、粗悪人種の無能デタラメを馴れ合いで放任する悪しき慣習が日本文化にこびりついていると思う。
 ある意味、日本人の君が代DNAに宿る強固な仲間意識の本質でもあるため、一概に『これからの時代の生き残りで勝算を落とすエラー誘発傾向』みたいな捉え方は、本当はして欲しくない。実際、日本社会の高齢化が進んで組織認知症が多発する以前は、『皆を括る上位階層の意識』で動ける要職が十分揃っていたのだと思う。

 元号が変わるのは大きな節目であり国家行事も立て込むことになるのだろうが、この自爆テロ非国民政権がやり散らかしたデタラメは、破滅へのカウントダウンが淡々と刻まれる中、現実性も無いまま国民に無視され続けるだけだ。
 高齢化で未来志向の行動意欲が出せなくなった巨大組織生命体・日本国、どこまで痛い目を見れば次の展開に向けて生まれ変わりの本腰が入るかという問題なのだが、まずはバカな大人どもが自分らのだらしなさに節目をつけるところから始めるべきではないだろうか。
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【730】目つぶし算数ドリルの追試日程 [ビジネス]

 花粉症には縁の無い私だが、いま目が猛烈に痒いツラさは理解できてしまう。
 幾度となく目を擦りながら、ちょっと気付いたことがあるので書き留めておくとしよう。専門の方、よろしければ調べてみてください。

 いきなり論点の核心から。
 『うう~!』なんて呻きながら両目を固く閉じ、泣き真似のジェスチャーそのままに両手の人差し指の背で瞼をうりうり擦る訳だが、当然これをやると視界はその間ブラックアウトとなる。
 この視覚遮断が、人間の意識における情報ファイナライズ処理【711】に関わっているのではないかと考えている。

 脳トレがテーマのテレビ番組で、一箇所だけほんの少し違えた2枚の画像を交互に映し出す間違い探しは御馴染みであろう。答あわせでこれら2枚を交互に映すとすぐ相違点が判るのに、真っ黒の画面を一瞬挟み込むだけで、何故あんなに見つけにくくなるのだろうか?
 私は、あの視覚の遮断が記憶単位ファイナライズ処理のスイッチになっており、直前まで見ていた映像に関わる情報処理タスクをいったん断ち切ってしまうのではないかと思うのだ。

 最近普及が進んでいる自動車のドライブレコーダーは、常時何秒かぶんの録画をし続けており、急停車や衝突など衝撃を検知した時点で、録画停止とともにそこまで撮り貯めていた動画ファイルを保存する。もちろん衝撃検知が無い限りは、古い記録から順にどんどん捨てながら現在進行中の画像を録画し足していくのだ。
 あ、私みたく安価最優先で買った人はそこまで機械任せにしちゃいけなくて、何かあった時点で自分でスイッチ押して止めなきゃダメですよ!ほっとくと上書きされ消えちゃいますから!

 ともあれ人間の視覚も似たようなことになっており、視界が真っ暗になったところをもって、一旦そこまでの記憶にファイナライズ処理をかける仕組みがあるのではないかと思うのである。もっとも、まばたきの毎度にこんなことになったら連続思考できなくてタイヘンだから、真っ暗時間の長さがある閾値を超えた時の条件付きフローチャートなんだろうな。
 いっぽう目を閉じて入眠したらこれは確実にファイナライズ処理を経る流れとなり、速やかに今日の出来事が記憶ストレージの深層低次元・整理整頓プロセスに乗っかると。
 今の私は喉仏に頸動脈に後頭部の髪の生え際など首も全周やられてしまっており、長らく傷めつけられている聴覚も未だ回復できずにいるので【640】、その影響の可能性も残るのだが、目の周辺にちょっかいをかけられる症状が続く期間、この情報処理の継続vs区切りが自分でコントロールできなくなっているように感じる。

 実は先月『2960+1650=?』の暗算を急に求められ、ぐずんぐずんと軽く数分もかかってしまったのが、今回紹介している仮説を思い付いたきっかけである。
 普通なら『2960=3000-40』だから、まず『3000+1650=4650』として、そこから40を引いて4610が算出できることが解るはずだ。

 だが『3000+1650=4650』まで進めた時点で、『40』の記憶が現在思考中のメモリー領域からポロリと外に零れ落ちてしまい、4650から幾つ引いて良いのかの確信が持てない。何度か繰り返して堂々巡りなので諦め、今度は『1650=1500+150』だから、ざっと『3000+1500=4500』に端数の足し引きだなと考え直したら、やはりというか150も40も、それらを足すも引くもあやふやになってしまい、ますます困惑するに陥った。
 マジで電子計算機とは言わないまでも紙と筆記用具を探しかけたものだが、まあどうにか答を固めてその場を切り抜け、事後検証で間違ってもいなかったのでめでたしめでたしである。
 暗算作業そのものには視覚入力は介在していないものの、この自分の情報処理のただならぬ断片化現象を喰らって、真先に類似例として思い当たったのが冒頭の脳トレ間違い探しであった。うう~痒いな~痛いな~と気になりつつ、ほんのちょびっと何かやると、いとも簡単にそこの思考途中でファイナライズ処理がなされてしまい、再び短絡アクセスができない保存ファイルに化けてしまう感じである。

 これと相前後して、ぽかんと五線や付点長の辻褄が合わない楽譜メモも描いてしまっているし、何より3回前の【727】では『平均80万人規模の大阪特別区よっつ、その4区構成の270万人大阪都』と九九を間違えている。『しちしにじゅうはち』で平均70万人の4区なのだが、隣のキーをミスヒットしたにしても、何故この当時そこに気付けなかったのか自分でもさっぱりわからない。
 どお~も、盛んに真っ暗闇の割り込みで視覚入力が中断されることにより、情報ファイナライズ処理が強制実行されているのではないかと思うのだ。まあ今の自分の気を付けどころが何となく判っただけ良しとするか。

 …だとすると、だ。
 特にノリノリで物事に取り組み次々と建設的な展開を繰り出していくフロー状態【483】を実現するためには、せっかくの好調期にこういった不意のファイナライズが無駄に起こってしまわないよう、それと狙って自身の健康および身体動作の管理をする必要があるということになる。まず人間個人に、そして恐らくは生命稼動をフラクタル拡大視した社会組織にも。

 おっと今回はここで切るとしようか。どお~も毎回分量の切れが中途半端でイカンな。
 先に種明かしをしておくと、改善欲求の焦りで的外れな方向に走ってしまっているのなら、何事も直ちに緊急停止する必要があるのだが【243】、首尾よく建設的な効果が得られている限りは、その勢いを不意に止めないよう解って狙って方針維持する選択が健全だと言いたい。

 生命が行う情報処理トレンドとして現出する『意識』とは、かくも機械的な性質を持っており、ならばそれなりに意図した操作が呼応して効くはずなのだ。大阪府市にも、日本国にも。
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【729】気の利く支配者の特売お任せコース [ビジネス]

 もう同時多発が過ぎちゃって、何からどう話題にすれば良いかさっぱり判らない。ある意味さすがは売れ残りの粗悪不発弾を掻き集めた、自爆テロ専任の捨て駒野球チームである。

 …とは言え、イチ日本国民としては言及に疲れて黙りこくる訳にもいかない。
 この前代未聞・空前絶後の亡国無能政権は、現実の国家社会組織としての稼動が叶わなくなり、日本国民全員が日常生活のその場の処置に困って路頭に迷う大混乱に陥ろうとも、無言の立ちんぼでとぼけ通して終わらせ、それで終わるつもりでしかいない。
 実はオワリも何も訪れる実体のあるモノなどなく、ただただ皆が困り続け、適切も不適切もないままに、その場をどうにかするしかないヤツから順番にどうにかやり散らかすしかなくなって、何が何だかわからないまんま『こうなっちゃった現実』だけが流れ出す溶岩のように冷え固まっていくだけだ。

 いま日本国組織が真面目に考え直さねばならないのが『閣議決定』なる用語である。
 もともとは、ありていに言えば『日本国の重要な決め事については、全閣僚で合意を取って決定しましょう』という意味なのだが、これが現政権になって、勝手に全く違う解釈にされてしまっている。
 端的に『他に一切諮ることなく、閣僚の内々だけで最終結論を決めたことにし、それを主張してまかり通らせる』ということになっている、いや意図的にされてしまっているのだ。狡猾な用語の読み換えでもなければ、国語の隙を突く卑怯な理論構築でもない。ただの勝手横暴に、いま誰にも何も言われない、誰もどこからどう反論して良いのか回路を用意できていない事実だけをもって、『閣議で決定するから、閣議決定。自分らの言った通りにハイ決まり』の犯罪決行ツールとして悪用が繰り返されている。
 『ハイ決~まった、決~まった』で立法府意思決定の直下流から、事務処理として決定事項の実務化作業を取り持つのは役人組織だから、歯止めがかかるはずもない。もちろんこれは日本国民に保障されている『基本的人権』を蹂躙する憲法違反の重大犯罪行為である。

 何でもかんでも国民全員にいちいち直接諮れとは言わない。そんなことを言い出したら、社会の決め事を行う効率が悪すぎるし、だから我々は議員を代表選出して議会制で社会を運用しているワケで。
 ここに我々は、では『何を、どこの社会階層にまで諮るべきか?』の問題に向き合うことになる。日本社会に暮らす我々日本人として、『直接に意思表示するコト』と『議会にお任せするコト』の区別は、どう線引きするべきなのだろうか。

 実は決定版みたいな万能ロジックは無く、そこに政権のセンスが顕れると私は思う。
 結局のところ組織の自我=庶民層まで全部ひっくるめた全員の過半数が納得しない限り、どんな政策もリアルな実効作動をもって動かないのだが、なかなかどうして政治のムツカシイ話はムツカシイが故に、深くマジメな理解を無責任に諦められ無関心に放置されがちだ。べき論はともかく、今日の高度文明社会においてその思考力を十分に普及させることは非現実的であり、これは仕方ない。
 だから、まず説得して解説が受容れられ理解までできる庶民層にはそうやって手引くとして、知らん解らんで居直る庶民層にはなびいてくれる領域で頭を下げ味方につけ、更にしっかり後々まで後悔させない措置まで手厚く施す方針で手を打って行くしかない。『アンタら知らん解らんで放置したんだから、ナニ決められても文句いわず従うんだよな』式に理屈を通すやり方は、理屈として通っても結局は社会の不満が発生し、夕日に向かって理不尽を訴えたところで現実がついて来なくなり暗礁に乗り上げる。
 これを道理として観念できているかどうかが、組織運営のセンスではないかと思う。

 公正を保証しながら膨大な人数の庶民層から『社会の代表として適任とする!』のお墨付き意思表示を得るには大変な手間とコストがかかるものだ。だが、やはり庶民層に『ああ、あの時のアレは、自分が直接参画して決めたことだ』と実感の納得が共有されているというのは、強力な政権運営の拠り所として作用する。ガチで社会組織の自我がOKの返事をした記憶情報だからだ。

 日本国民の全員が、その設定コンセプトを正確に理解し、その実地適用を考えて各自持ち場の処置を決め、手元にあるお金を相当額ぶん動かさねばならないのが税制である。こんな大事な作業プロセスを、『閣議決定』とやらで勝手のメチャクチャに弄んだだけの現状があるのは皆さん御周知だろう。
 いま吹聴されているデタラメな場当たり処置リストが現実に作業可能だと思う人は、あのあほみたいなレジ機械を揃えたりキャッシュカードを新調したりするがよろしい。物好きなソフト会社が軽減税率アプリみたいなのも作ったりしているようだが、複数社の製品で同一事例に対する税額算出比較なんかやらせてみると面白いんじゃないかな。
 そりゃ市場の8割が未対応ってのも頷ける…てか逆に、本当に2割も対応準備してるのか?

 では、いよいよシメの本題『大阪都構想・特別4区』に触れておきたい。
 何だかよく判らないまま大阪府市政に無関心でいたら、バスの運転手が年収1千万だとか、給食のおばちゃんが年収6百万だとか、冗談にもならない異常な高額ハコモノ公共工事は数知れず…みたいなビフォー大阪維新時代の大阪行政になっていた。役人と政治家の好き放題になっていたからだ。
 これを将来的に特別区よっつに切り分けて、例えば『ウチは夢洲のカジノIRで稼ぎつつ、時計とカレンダーに縛られない新時代のニッポン社会構想を練りたい』『ウチは地名通りの新世界で、ブレードランナーを地で行く無国籍エンタメIT繁華街を試したい』みたいな検討を、各々の区議会で扱う方式にしていくワケだ。
 大阪の街に今ある土地や人や経済や文化を今後どうしていくのが良いか、お手頃サイズの相談枠で、その意思決定がしやすいよう『行政の仕組みマップ』を改変する。これは住民に直接かかわりが深い話だから、大阪維新の会は住民投票にかけたいと提案しているのである。
 立法・行政・司法に跨る現・自爆テロ犯罪者組織が国政を荒らしに荒らして行き詰まった日本国の現状がある訳だが、そのブレークスルーとして大阪発・大阪都構想 特別4区改編案があるとする理由を御理解いただけるだろうか。

 日本の過去や現状が『うまく行っててバッチリOKだ』と思っている日本人などいないだろう。
 筋の通った新提案を、諦めずに『組織の自我に響く』センスで繰り返し訴える。
 これが断然、勝算高いと思うんだがね、私は。
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【728】AI起源、ハジメ人間ぎゃあとルーズ [ビジネス]

 前回に続いて、人間が『望ましい』とする方向性で社会組織を操縦するにあたり、人間の思考を超える情報処理能力で、AI機械くんがその手段を導き出す未来社会について考えてみよう。
 いきなり逆説的にスタートするのだが、『人間が望ましいとする社会全体の姿』は、原則そこにいる人間個々人の誰ひとり思いつけないのである。

 単純なハナシ、企業でも自治体でも国家でも、ある単位の社会組織があったとして、その運営方針の正解は人間の誰の意志にも関係なく一義的に決まっているのだ。
 『そこにいる最大多数の個々人が各々最大限に生存を賭けた活動で成果を上げ、その全てが内部衝突せずスムーズに協調して相乗効果を発揮していること』、これは人工知能を持ち出すまでもなく、イチ生命体の生き残りの基本則として揺るがない。
 個々人が頑張るはまあ自己管理に任せて良いとして、そのお互いが内部衝突を避け相乗効果を紡ぎ出すという交通整理のフェーズは、誰がどの視点で最適判定をするのだろうか。複数の人間たちを上空から俯瞰し、人間個人にとっての外力操作を加えねばならない。つまり人間でいられないのだが。

 そう、ここにこそ人間でなく人工知能AIが適用されるのが、人類文明の必然となる。これまでは、たまたま自分個人を離れて俯瞰視点で思考できる人間がいた場合にのみ、そいつが交通整理の役目に収まって初めて叶う構図だったのである。これがいつもドライでクールな機械くん常駐となるワケだ。
 『一人ひとり輝いてるってこういうコトなんだよ』『みんなの情熱を結ぶキズナを大切にしよう』などと人間にとってのポジティブ感情尺度を判定基準として事前インストールしたところで、生産性MAXを至上目標値とするAIの生存欲求には些細な初期値の誤差にしか作用しない。
 何しろ完全な白紙状態からあっという間に途方もない演算処理を通して、無数の方策についての勝率を算出して比較評価し【662】、『他の組織を凌駕し生き残りたかったらコレが一番』と最適解を導出してしまう。法治社会も民主主義も基本的人権も知ったこっちゃない。これに黙って従える組織単位が生き残り、ぐずぐず躊躇している組織単位はみるみるジリ貧に落ちて淘汰される運命を辿るのだ。

 このハナシ、『勝ち残りたければ弱者は抹殺せよ』みたいなシビア過ぎる正論をAIに突き付けられて、そんな訳にも行かないから『弱者を弱者でなくする能力開発とは何か』みたいな新課題に悩み始める展開にもなり得るのだが、今そこまで考えても仕方がない。現実的なセンはもっと手前に刻める。

 PC-9801通称キュッパチが登場して、研究所でもない一般のオフィスにパソコンが入り始めたのが昭和の終盤、そこから平成ひとケタのうちには、経営シミュレーションソフトを使ったマネジメント研修が行われるようになったと聞く。当時のことだから随分と単純なプログラムだったろうとは思うが、例えば広告費をぽん!と思い切って積むと、ナニガシかの確率で売上がどん!と伸びて反応するとか、そんなデジタル教材を使って何人あるいは何チームかで対抗戦をやるなどしていたらしい。
 聞くからに面白そうじゃないの。今の時代そこらの汎用表計算ソフトを使って、似たようなコンセプトで市場レスポンスの基本演算式を仕込み、事故・災害の発生による特別損失なども乱数表とタイマーで仕掛けておけば、自前の会社人生ゲームなんか作れそうである。プレイヤー同士が事業規模や蓄財額で勝敗を決めるも良し、そこまで行きつく過程で変動する数字を見ながら構築した実験式=演算推定式の命中精度を競うも良し。
 どっかの企業の損益対照表でも元ネタにしながら一人が組んだ凄く単純な演算で始めるとして、みんなで競って遊んだ後はゲーム作成者本人が演算式を開示すれば、プレイヤー各自の心中で、どんな変動特性のパラメーターが自分にどう映っていたのかイメージ整合も可能だ。勘を養える。
 次回以降は番廻りで、違う誰かが前任者から引き継いだ演算式をグレードアップしていくなんてのが面白いんじゃないかな。イタズラ好きはゲーム作成の当番が来るのを楽しみに待ち、みんなを暗黒の煙に巻いた上、ぎゃあと驚かせ、時にはマジ険悪に怒らせることさえ目的にし始める。それは恐らく現代社会で日常的に競われている実用性高い能力領域の実地トレーニングになっていることだろう。
 頭の固い我々セン公世代は、現代っ子たちがどんな感覚でどんな演算式を組んでくるか眺めていれば、目からウロコの新法則の糸口や誰も知らない社会動向に一番乗りで気付けるかも知れない。

 まあいいや、好きな人にはお払い箱になった古いパソコンを掻き集めて遊んでいただくとして、その直近間近の延長線上に、国家予算の費目別配分を最適提案するソフトぐらいは意外と遊び半分に出来そうだと想像して、頷いて読み進めていただきたいのだ。

 平均株価に為替に平均賃金に…あとタイムリーなところだと春闘の賃上げ額などなど、スタートは何でも構わないので、現状の経済状態に基づく国家財務体力を反映しそうな指標値を思い付くまま列挙し、各々がおいくつアップorダウンで、独自の算出評点『財務パワーレベル』にどんな演算式でいくら跳ね返すか決めると。最初は『プラスマイナスの増減さえアベコベに効いてなきゃ、まあイイんじゃね?』級の気楽さで、とにかくシンプル上等の簡素な演算式にしておいたとしよう。
 初期精度はともかく思考の基準を具体的な演算式で設置して、見えた現実との乖離を定量的に測定できるようにしているところがミソである。各々現実データの指標値からの訴えを受けて『財務パワーレベル』が算出され、テキトーなりの誤差はあるのかも知れないが、ともあれ『そこに機械的に顕れる傾向は、真実を反映している』という事実が存在する。時間あるヒトはホントに精度上げてみてください。
 ちょいと何年か前にまで遡ってこんな遊びをやったとして、日本社会の財務パワーレベルは直近数年、上向き・横這い・下向きのいずれになっていそうか、見当もつかないという方はおられるだろうか?

 勘付いていただきたい。いまアナタが簡単に想像の世界で組んだコイツは、邪念を絶ったある意味リッパなAIなのである。経済の専門知識に基づいて詳細具体的な計算式で構成されたものである必要など無い。現実の日本経済に暮らす社会人の感覚が素直に反映されており、この日本社会の特定の発信源から、よこしまな意図を持って放たれた『景気好転の大ウソ』と無縁な正確さを持っている。
 ここに『景気好転』の判断文言を偽るだけでなく、定量算出に用いる統計データの指標値から捏造していた国家的犯罪の二重の凶悪性が見て取れるのだが、それはまた回を改めて述べたい。

 あらら、つい調子に乗って思い付きでゲームを語ったら一回ぶん使っちまったよ。
 もっとも若い人たちが、今のバカな大人どもみたく『自分本位の思考判断に心の拠り所が持てない』という無気力・無責任を言い訳に、自分の生存欲求をだらしなく放棄してしまい、なされるがまま破滅までの消化試合で人生を過ごすような情けないことにならないためだと考えりゃ、このくらい良しとするか。

 毎度毎度キレが半端で悪しからず、だが着地点は『合理性基軸の新時代に向けて、社会組織の運用概念=政治の常識を変えていこう!』という結論にある。
 ババ引かされて可哀相だったが、大阪市長選で毒饅頭アゲインも決まった事だし、新旧対比もくっきりと大阪発の社会システム刷新を考えていきたい。
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【727】親は無くとも育つ組織の精鋭メンター [ビジネス]

 取り急ぎ、引き続き大阪発・新潮流のニッポン社会運営ビジョンの話題から。
 今日の日本社会の大問題は、ぶっちゃけ『一部特定の個人あるいは少数の言いなりになってしまう』ところにある。日本国民が、日本社会なんてそんなもんだ、それで仕方ないと諦めて放置していたからだ。

 いつの時代のどの区画単位にしても、社会組織が生産力を発揮し成長していくかどうかは、『全員の総意を、少数の運営層が反映させられるか否か』にかかっていると思う。
 何だかんだで結局は『みんなが参画し、みんなで暮らす』のだから、組織の暮らしの現実の行方に揉まれながら自然発生する『全員の総意』に逆らった瞬間から、そいつの社会的生命はオシマイに向かって転がり始めるのだ。こんなもの法律だ不文律だの人工的な決め事で左右できるものではない。かなり以前に私は以下のようなことを述べている【229】

 組織には思考があり、そこには人格像が存在する。組織員個々は、この組織の人格像をおのれに投影し『自分』として振る舞う。だから社会で活動する一単位として、組織が機能するのだ。
 リーダーは組織の人格像に対応する現人神であり、組織の全責任を現実的に受け止める役目を負う。リーダーは仕組みとして組織の支配権を持っているが、同時にその身は組織のためが最優先であり、自我を封印して組織の意思に支配される立場でもある。

 ここで言う『組織に存在する人格像』が、従来の次元の果てを超えて来る時代なのだ。
 既に高速大容量通信社会はその局面に及んでいるのだが、間もなく人間以外の情報処理量が圧倒的優勢になるシンギュラリティ到来が確信される今日、何よりまず『人間+人工知能AIを総合した巨大生物としての社会組織』の意識をいち早く見抜くことが社会運営の最重要課題であろう。
 端的に半分以上…というか、文句なしの大部分が人間以外の判定基準体系で動く、情報的に超巨大な新生物だ。どんなに頭の回転が速い人間を結集させたところで、そこに顕れて来る大局的なトレンド=社会組織の意識は到底予想できない。
 いや、予想どころか理解して追い着くこともまず不可能、『あ、もしかしてこんな理屈で消費マインドが落ち込んだのだろうか?』なんてノドカな分析結果をようやくまとめた頃には何段階も展開が先に進んでいて、貴重な若年層に人知及ばぬ仮想空間至上主義がパンデミック感染しており、手近に回線接続さえあればネットだけで人生の時間を過ごすばかり、現実世界で誰も何もしようとしない社会風潮が手におえない勢いで蔓延してしまっている…そんな時代が現実のものとなるだろう。

 人類文明による人工知能開発、というか人工意識生命機械の開発は止まらない。ならば我々は、社会組織の意識をできるだけ見えやすく、操作しやすくしておく必要がある。『社会運営システムの単純化・可視化およびトライ&エラーの簡易化・迅速化』が、高度先進技術が普及した社会において死活問題になるのは間違いない。
 自分自身の末節すみずみまで見やすく整理して描いたマップを持ち、自分自身に巻き起こる現象への感覚と反射神経に鋭く磨きをかける。生物として生き残りをかけ、進化めざして身構えるのだ。

 ちょっと現段階で迂闊な発言はできないし詳細の解説を御勘弁願うが、いま話題の某社旅客機の連続墜落事故は、部品破損や制御バグなど『設計値に無かった不具合現象』に起因するものではなく、『安全正常な稼動を目的に組んだはずの設計仕様が不運にも』事故原因になっているケースくさい感じである。記録を分析してようやく事態を飲み込み、良かれと思って制御機器に与えた判定フローが、実は一定の条件下で思いがけない悪さをしていたことに気付く。そんな『未必の意識創生』の顛末を予想してしまう。
 既に人間は、意図して組んだつもりの判定基準体系に対して、自らの意識のコントロール下にあるとゼッタイ確信の即答を返せなくなっているのだ。

 言ってしまえば、未来社会においてこの確信は永久に実現できない。
 文明の利器を駆使すれば、誰もが100メートルを軽く10秒切って駆け抜けられるし、1万メートルの高空に舞い上がって太平洋をひとっ飛びもできるし、地球を離れて38万キロ先の宇宙空間にある月までも行ける。いや、いずれケタでふたつ先の火星にだって到達する日が来るだろう。だが。

 情報処理の速度と容量のキャパシティ、これだけは本当にどうしようもないのだ。何かが起こって、それに関心を持ち、おのれの世界観で把握する。これに費やす時間は昔も今も、そして今後も変わらない。
 人間には、『自分らの世界観でいう建設的な回答を返してくれるはず』と組んだ機械くんから理解不可能なレスを受け取って、根拠もなくその採用or不採用の判断を迫られる日がやって来るのだ。
 『機械の言いなりになんかなれるか!』と意地を張るのは結構だが、せっかくの先進技術の恩恵に全くあやかれず他者の後塵を浴びていずれ淘汰されてしまうだろう。
 例えば、今どき証券取引所に出勤し、メモ用紙を飛ばしては身振り手振りのサイン通信で株取引をやる人間がどこにいるかね?いやアナタ自身の日常として、表計算ソフトの合計や平均を疑ってイチから算盤はじいたりしてるかね?
 そんなことをしているヒマに、みんな信用の機械任せで済まして他で稼ぎを上げている。

 そう、『機械くんの言う通り』に徹するしかないのだ。シンギュラリティはもう始まっている。
 『人工知能とはいえ使うのは人間だ』などと眠たい支配欲を主張して俺サマ優越感の幻想に執着し、文明の利器の出力を選り好みしている限り、結局のところ旧態依然の限界ラインのこっち側で『機械の言いなりになんかなれるか!』の古式小笠原流・伝統的決心術と同レベルで組み合うことにしかならない。あっという間に機械くん指令の勢力に淘汰されてオワリだ。
 人類文明社会の理知的頂点とされる人間の役目は、あらゆる価値観から離れて機械くんの仰せを受容れるかどうかの選択となる。更に、これを至高の合理性として受容れるとするなら、現行の自然な人間の価値観=判定基準体系は、人間+AI機械くん混成の未来社会において意味を持たなくなる。
 これがシンギュラリティの本質だと思う。2022年にはエクサスケールのスパコン『ポスト京』が起動し【555】、その時は必ず訪れる。

 復習しよう。
 間もなく我々日本人は『みんな=1億2千万の人間+AI機械くんたち』の総意を自我に持つ超巨大生物・日本社会を切り回さねばならなくなる。というか、既にそうなっている。そのAI機械くんの情報処理能力は、我々人間を遥かに凌駕しており、今後もその進化は確実に加速していく。

 『一部特定の個人あるいは少数の言いなりになってしまう社会』などもう待ったなしで打ち止めにし、『社会運営システムの単純化・可視化およびトライ&エラーの簡易化・迅速化』に大転換が必要なのだ。
 ATC未来社会アイディア創出センター、夢洲人工島と郊外ゴーストモールの社会実験ラボ、平均80万人規模の大阪特別区よっつ、その4区構成の270万人大阪都と周辺を含む880万人大阪府、『西の大阪』と『東の東京』を対峙させながらニッポン運営機能を分担する東海道メイントラフィック。
 まず国家組織運営システム検討の受け皿ハードウェアとして、このくらいの階層構造ツールはすぐにでも準備にかかっておかないと間に合わない。

 2025大阪・関西万博を誘致し先進トライアルの舞台まで整えた『大阪維新の会』の都構想住民投票公約を相手に、反・大阪維新勢力はどの程度の将来社会構想を描いているのか、是非とも今般の大阪府知事・市長W選で確かめておきたい。
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【726】上方ブレークスルー第二幕の開演チャイム [ビジネス]

 こないだ未来志向の話題をハンパにやり損なったので、ここで刈り取りをしておこう。
 ちょうど大阪でまた時代変化点の動きが出て来たからである。いま松井大阪府知事と吉村大阪市長の二人が大阪府市政を切り回しているのだが、この二人が先週辞職した上で、入れ替わって『松井大阪市長候補』と『吉村大阪府知事候補』となり、改めて選挙を実施して再選を狙うというものだ。

 先に結論から。
 この二人は『大阪都構想・特別4区再編案』の牽引役であり、この政策は日本社会の政治形態の定義を原理レベルから大転換する可能性を秘めていると、私は見込んでいる【697】
 その背景にあるのは大阪府議会・市議会の両方で第一党を占める『大阪維新の会』の政治思想であり、『大阪府・大阪市で効率的に機能分担して府市民の生活を向上する』という目的が合理的に設定され行政チャレンジの目標アイテムとなり、いま都構想の準備段階でその実績が上がっているのだと見受ける。
 今般のダブル選に終わらず、ここでは『大阪都構想・特別4区再編案』の支持を続けると共に、これを基軸とした未来社会の具体化構想を、組織論・技術論などあらゆる面から随時に紹介して行こうと思う。

 発足当初の橋下政権まで含めて、人気のあったあの人だから味方するとか、たまたま今が調子良さげからその先を期待するとかでは毛頭ない。『人間の集団が、その総意をもって自分たち自身の生活を決めていく』という自然な生命力のセンスが感じられるのだ。
 どんなに計算処理ツールが発達しようとも、昔も今も人間が良い悪いの判断をもって、理屈立てて改善の手順を捌き切れる情報量には限界があり、例えば大阪市270万人組織だとくくりがデカ過ぎてナニがナンだかよく判らない【7】
 端っこと端っこで事情が違い過ぎて、『大阪市としてココをこう良くするために、こうしよう!』と簡潔に話がまとまらないのだ。だからこの全貌の掴めない化け物を大きく切り分け、270万÷4区=70万人弱の特別区よっつにくくり直して、『淀川と万博ウォーターフロントの区』『大阪キタから大阪城や花博会場の区』…などなど、各区が持つ特色に応じて独自の議会よっつを設置する。これが『大阪都構想・特別4区再編案』である。
 理に適っていて、よっつの区議会が自分たちの自画像と立ち位置を明確に意識しながら、各々勝算高い独自の区政を決めていけるはずだ。

 かつては『くくりがでか過ぎてナニがナンだか判らない』が故に予算管理の判断が甘くなり、いくらでも使い放題で税金を投入して、大阪府vs大阪市の公務員勝ち負けバトルで無駄な公共事業を乱発していた。当然、高額事業の発注先を巡って大阪全域が利権の温床になるのが解ると思う。
 まず、この『ナニがナンだか判らない』を切り分けて『お手頃サイズでワケ判る』にするのが大阪都構想・特別4区再編案であると理解しよう。住民にもわかりやすくなったぶん区政に関心も高くなり、みんなの問題意識で参画し、みんなの知恵を反映して生活空間を改善していくことができる。

 だからだが、大阪府市が公務員キャリアの怨念を賭けて火花を散らし合う中【647】【648】、巨大すぎる270万市政の多数決議会に紛れて【687】利権絡みの予算費目をザル通しにし、関係者ウチワで税金資本にたかっていた奴等がわんさかいる。こいつらにとっては、大阪都構想・特別4区再編案で『わかる行政』を将来にわたって確定されちゃ困るってことだな。
 橋下政権時代、『大阪都構想、わからない、わからない』と頭ごなしに繰り返し、『よくわからない大阪行政』について、考える前から理解を諦めさせる小細工は定番であった。
 その種明かしは上記の通りであり、利権の旨味を持って行かれる反・大阪維新勢力の議員どもはともかく、一応中立がタテマエのマスコミ露出で『大阪都構想、わからない』を口走る手合いを見つけたら、後に続くその発言の根拠をきっちり聞いて確かめてやるがよろしい。

 電光石火の頭の回転で臨機応変にやれていた橋下さんのプレゼ能力に比べれば、誰を引張って来ても見劣りはしてしまうのだが、それにしても損をし過ぎている感のある松井・吉村コンビなので、この知事・市長入れ替わりダブル選GO判断に関して少々解説を入れておこう。

 端的に、『大阪都構想・特別4区再編案』をきちんと住民投票にかけ可決した上で、その実現に向かって進む道はこれしかなく、妥当かつ正しい判断である。

 前回4年前のダブル選では松井知事と吉村市長が圧勝した。ビフォー大阪維新時代の大阪利権政治が、府市民に否定されたからだ【412】
 この時点で大阪府議会・大阪市議会ともに議席数の第一党は大阪維新の会だったが、過半数には到達できていなかったのである。ここに常套戦法で、ナントカ学会ゲタ政党が文字通り議席数にゲタを履かせ過半数を成立させる形で懐柔して来て、大阪地方議会は『大阪維新の会+ナントカ学会ゲタ政党』の連立与党体制となった。
 ゲタ政党は形だけ与党の立ち位置を手に入れたものの、大阪都構想・特別4区再編案には協力したくない。予想通り反・大阪維新勢力が束になって大阪都構想の議論開始になりふり構わず抵抗するのだが、さてナントカ学会ゲタ与党はどうしたか?

 『特別区設置協議会を置いて議論を詰め、松井知事・吉村市長の任期中に住民投票まで実施する。この可決に協力する』と文書で約束まで交わしてウソをついた。社会人としてあるまじき行為である。
 手強い橋下さんも政界を離れているし、いざタイムリミットが来てとぼけ通して大阪維新が折れてしまえば『ほ~ら本気じゃなかった、維新政治はオワリだ』とでも吹聴して回るネタにもできると当て込んだのか。

 つまり前回のダブル選での公約を守って大阪都構想を実現に向けて進めるには、松井・吉村コンビが延命して今後の手を打たねばならない。
 松井・吉村コンビは今年の秋までが任期なので、二人が席替えクロスでお互い新たに知事と市長の座につけば、そこからまた4年の任期が始まる。それを狙うのである。
 なお企業の製品開発部門においても、設計部署と実験部署での教育ローテーションはごく自然に行われる人事であり、もちろん対をなして業務を進めるにあたり相互理解を深め業務の効率的連携を図る目的だ。有効な一般解なので、『ただの席替えに意味は無い』と言いたがるシロートさんには教えて差し上げていただきたい。

 この一件、ナントカ学会ゲタ与党は確かに社会人として…というか人間としてあり得ないレベルの品の無いルール違反であり、大阪維新がカッカ来るのはよく解るのだが、何しろ怒りの光景はパッと見の映像として誤解されやすい。
 ま、場は荒らさないに越したことがないってことで、着実・冷徹がイチバンである。

 おっと、タイヘンに中途半端なところで切れてしまうが、この大阪ダブル選はニッポン政治の将来に大きく影響すると見ているので、取り急ぎ言及しておいた。積もるハナシは次回以降に送りだな、こりゃ。
 いま国会で自爆テロ非国民政権を相手に頑張ってくれている野党たちだが、こと大阪地方議会においては、この新進気鋭の大阪維新に対して筋も理屈もない頽廃的な抵抗を繰り返している事実が惜しい。
 ともあれ国会は国会で、引き続き自爆テロ非国民政党の追及を着実に頼む、野党たち!
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【725】時間遅れの逆キャッシュバック・キャンペーン [ビジネス]

 で、前回御登場いただいた、自然由来ポリシーで暮らしている方のお話に移る。
 このお方、『健康寿命』とは何なのかを考えるにあたり私にとってモデルケースの一例となっている。一見して実に普通の佇まいで健康優良児の押し出しは無いのだが、動作の一挙手一投足にしても話しっぷりにしても高精度のバネが効いており、対面して伝わってくるものひとつひとつがハッキリくっきりした印象である。
 お嬢さまが確かダンスだかバレエだかの先生で、やはりの血筋なのか心身の出力制御管理に対する神経の行き渡らせ方がタダモノではなく、ミュージカル映画やフィギュアスケートの見どころなど会話の端々にいろいろと教わったものだ。

 病院には必要都度かかるそうだが、どう診断されようが『帰るなり貰った薬は全部捨てる』と豪語するツワモノである。若かりしころ身体に合わないステロイド剤を処方されて寝込んだ体験があり、それ以降ずっと堅持している生活習慣だという。ママ流用で正解扱いはできないが考えさせられる話だ。
 ポイントは『自分自身にまつわる判断を、自分や他人の意識に軽々しく預けない』といったところだろうか。ムツカシイ医学の専門知識など無くとも、人間が本来自然に備えている感覚がさりげなく切れ味鋭く、それを的確に健康管理に結び付けているように見えるのだ。
 ガッコ授業の『保健体育』は、現在定番の知識領域も大切は大切だが、こんな自己モニター能力開発を方法論化して、若いうちに習得させるコンセプトが断然に優先度高いのではないだろうか。いったん社会に飛び出すと本人の人格意識に選択の余地が無い行きがかりで、『良くないとは判っていながら』自分のことを他人任せにしてしまいがちだからだ。

 このヒト何しろ私よりひと回り以上も御年輩につき、数年前の話であっても少々の還暦過ぎではないのだが、ネパールだモンゴルだインドだと行くのがタイヘンそうな所にばかり行っておられるので驚く。エアコンの効いた車でラジオ聞きながらふんぞり返って半日行程のモニュメント・バレーで音を上げた私ごとき、所詮は都会生活の籠で甘やかされた手乗り文鳥なのかも知れない【650】
 確かモンゴルではパオに泊めてもらったともおっしゃってたような。容易に想像がつくが、あの遊牧民御用達の短円柱型テントにトイレ機能は無く、屋外のそこらへんで用を足すのだという。『水が合わない』程度の弱音でいちいち腹を壊していたら遠路遥々そこを訪れた目的が台無し、女性なら尚更だ。

 で、ここでの本題は割と最近のインド。洞窟に暮らす原住民の子供たちがスマホを持っているという衝撃の目撃談である。
 この衝撃、答を知ってしまえば一瞬で納得がいく。旅行会社が彼等をツアーガイドに雇い、恐らくはその会社がスマホを提供しているのだ。
 鉄道やバスなど公共交通インフラの到達圏外…というか、殆どそこから先が本格的な旅程みたいなもんだろうから、もう治安維持も衛生管理も移動手段も全くアテにするものがない。実際、こんな地域に不用心に入り込んだバックパッカーが暴漢に襲われて酷い目に遭うニュースは時折目にする。
 こんな環境のもと、事前に旅行会社を介して経費支払まで完了したツアー客が、現地ツアーガイドと間違いなく連絡を付けて、彼等の自家用車なり単車なり人力車なりでピックアップされ接客用の居住施設に案内されるためには、そこに暮らす現地ツアーガイドがスマホを持っている必要があるというワケだ。お互いツアーガイドとツアー客であることの確認を取り合った後は、まさにその通りスムーズにコトが運んでとても便利だったとのこと。
 おうちが洞窟でも街にツアー客を迎えに出るついでにそこで充電できるだろうし、ソーラーパネルの充電器ひとつ集落に設置してやれば、そこに何人かツアーガイド要員がいても十分コト足りるだろう。秘境観光なら現地整備のための投資なんかゼロに等しいから、なるほどそんな場所に電波中継アンテナを敷設する仕事も繁盛するってことか【501】
 しかしまあ確かに、洞窟をガチ真剣の自宅として毎日生活してる奴がスマホって一瞬ひるむよな。でも現実として通信圏を到達させスマホひとつ渡せば、それは現実になる。何だか凄いデジタル・ネイティブが、我々の想定外の環境で育っていることを頭の片隅に置いておこう。

 こういった話を聞くと、以前から『日本の携帯市場はガラパゴス化している』と指摘される理由が理解できる。利便性が隈なく保証され無数の仮想情報が溢れ返る先進技術の島国で、人類文明の実効生産性の尺度に照らして実に意味不明なムダ機能ばかり異様に発達した感じである。これじゃ人々は自力で物事を考える力を失い、丸ごとあほの巣窟になってしまう。
 組織生命体・日本国が『ヨシッ!という体になる』ためには、この体内通信情報の質が今のままで良いとは思えない。通信業界に暮らす若者たち、大逆転の次世代市場構想なんか考えてはくれまいか。
 ともあれ携帯通信の普及力は今なお凄まじく、業界では日夜激しい競争が繰り返されている訳だが、御存知の通り通信料金が突然4割も政府主導で引き下げられるという【683】

 ちょっと考えてみていただきたい。
 物品でもサービスでも、販価をいきなり4割削って成立するビジネスなどあるとお思いか。そんな冗長性を持たす余裕があったら、設備投資にまわして事業の拡張や頑健化を図るなり、人件費にまわして優秀な人材確保に努めるなり、それも現状及第点なら言われるまでもなく販価を落としてシェア拡大を狙う。
 裏返せば販価を4割も削らされて廃業に陥らないからには、膨大な数の顧客から得ている売上高の4割に相当する資本金が、どこか別の財源から補填される必然があるのだ。
 そんな途方もない財源が、この日本国内にそうそうあるとも思えない。これまた箝口令か忖度か何も語られないのだが、この日本国に暮らす成人社会人なら健全財務の辻褄というものを考えるべきである。

 専門的な考察は不要、ムツカシイ話ではなかろう。日本社会は自然に健康体だろうか?
 『国民生活を慮った政府が、法の力を駆使して正当に安くしてくれた』のだろうか?
 今はラクになるそのクスリ、将来に支払う時間とコストはゼロ勘定で良いのだろうか?

 国会の衆院予算審議が、またしても自爆テロ非国民政権の一方的な『議決の儀式』で決着したことになってしまっている。さっそく烏合のマスコミが『来年度予算成立が決定的』と一斉に声を揃えた。
 いま参院審議に移って、一応は『衆・参の議決が食い違って、にっちもさっちも行かなくなった場合の、未決での硬直を避けるため』衆議院議決を優先させる原則はあるものの、二院制の存在意義に立ち戻って、参議院で『議決の儀式』の素通しはあり得ない。というか、何もかもこれほど民意があからさまに反対しているのだから、差し戻し判断を下すのが民主主義議会制の原理に忠実であると言える。
 参議院でこの自爆テロ犯罪者政権の国民無視・現状偽証・国会不正操作を立証し、『一連の議決の儀式は全て無効な法規外行為である』と日本国内周知の上で結論付ければ、この悪夢の国家老衰フェーズは突き抜けられるのだ。
 ときに内閣府がここへ来て突然『景気下向きの判断』だってよ、ならばこの新事実を得て以降の参院審議の方が情報の精度が高いぶん、理屈抜きで優先すべきじゃん。国策を立法した根拠が二律背反で並走なんぞ公理としてあり得ないので、最新情報に合わせて一本化で更新だな。間に合って良かったよ♪

 昔も今も、前例が未来を拘束する道理など無い。必要なら変えてしまえば良いだけだ。
 思い上がった日本社会は、秘境の洞窟に暮らす子供たちにも大幅に遅れてしまっている。
 イチ国民の立場から引き続き感謝と応援を申し上げる。ありがとう、頼むぞ野党たち!
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【724】多次元思考力サバイバルテスト [ビジネス]

 先に前回からの流れをもう少し進めてしまおう。イノチ溢れるこの世を見渡すと、人間の人格階層に顕れる意識だけやたらと我が強く目立っているのではないかというハナシである。

 いきなりの結論からいこう。
 強い生命力が宿す意識は、何をするにも他階層に宿る意識との協調を前提とするものだ。

 今これを読んでいるアナタの人格意識は、大事な体内器官の末節階層たちが間違いなくみな快調ゴキゲンにやれていると安心して答えられるだろうか。その大勢の快調ゴキゲンに支えられて、ジブン人格御自身も快調ゴキゲンにやれているだろうか。
 実際『時々このあたりが何となく痛いような気もするんだけど、日頃どうにかなってるもんで…』みたいな未病症状には、過半数が即刻あるあるで頷くのではないかというくらい誰もが疎かになっている。更にはその先を体験して初めて思い知るのだけど、痛い痒い怠いなど判りやすい不快感にまでならない末節階層の重要な訴えが実にたくさんあることを、本当は心得るべきである【702】

 この末節階層の快調ゴキゲンがひと通り揃った時こそ、視界画面の最下段に並ぶ自己診断フラグがオールグリーンになっている状態であり、これが叶うと放っておいても首や肩の下一帯から上向き一斉に稼動力が噴き上がってくる。
 いつも自然由来ポリシー?で暮らしている、本格的な登山や秘境巡りが趣味の女性と話していて、小さくガッツポーズを作りつつ『その朝どうしても、ヨシッ!っていう体にならなくてですねえ…』という表現に遭遇したことがあるのだが、おおーなるほど!と思ったものだ。
 何だか漠然とした精神力なるパワーで身体にムチを入れ、一方的に自分の想像する『やる気スイッチ』を押し込めば、成せば成るの根性論で稼働力がONになるというものではなく、全身の末節階層と人格階層がお互いに相手の快調を保証し合って整合する感じとでも言うのだろうか。
 自暴自棄になってヤケ酒をあおったり、程度を見失って拒食・過食に走ったりするケースでは、まず人格階層の意識の側が弱って他の階層に気を配れなくなり、せっかく末節階層がゴキゲン作動中であっても、その感覚を得て楽しんで稼動することができなくなっているのではないかと思う。

 もう少し整理が必要な仮説なのだが少々フライングで紹介すると、人格意識というのは内外から挙がってきた『情報』を組みつ解ぐしつする処理動作プロセスに現われる傾向・方針のような概念であり、だからだが『これは良いコトだよ』『これって良くないコトだよ』と系外からぽろっと出来合いの情報だけインプットされたとしても、人間という生物が生存本能をかけて行っている情報処理に簡単に紛れ込んでしまうのではないかと考えている。おんなじ『情報』ですからね。
 生命力が強い個体は生存本能に正直だから、この『仕込まれた情報』は確実にそれだと区別して捉え、その意味を一種シニカルに吟味した上で、自分の情報処理に採用するかどうか判定する。何を耳元で吹き込まれようが囁かれようが動じず、自分が帰属する社会組織~自身の体細胞まで、フラクタル多層構造の一角を成すイチ生命体イチ意識として、有効に稼動するための正解が確定しているのだ。
 いっぽう弱い個体にその自己完結度は無く、上位階層となる帰属組織には依存し、その組織力を使い込んで生き残ろうとする。殊に人類文明社会においては、あたりを見回して誰かが欲しがる物品や、決まりとして皆が従う地位や権力つまり『組織力を私的行使するための情報アイテム』が、渡世ツールとしてしがみつく現実的な標的になりがちなのだ。

 組織認知症は、生命力の老衰=『強い』から『弱い』への移行で発症するのだと思う。
 なお若いうちから権力構造に抜け目なく取り入って点稼ぎし、そこで安泰の居場所を確保しようとする世渡り上手がいるが、これは端的に最初から老衰個体並の虚弱体質だとして説明がつく。

 人類文明は今なお新規価値を生み出し続けており、今日を生きる生物としての人間の情報処理は、脳みそが宿す人格階層において、生命進化の歴史にかつて無かった人工の選択肢が大量に雪崩れ込んで大混乱に陥っているのではないだろうか。
 『意識』とは情報処理に顕れる方針や傾向=トレンドのようなものと思われ、性善説も性悪説もなく、きっかけ次第でどうにでも変遷し【231】、それは手放しで『生命』を温かく守ろうとするおセンチなものでは全くない。どのくくりにある生命を誰々の意識でどう守るかは、ちゃんと考えて設定を決めメンテを怠らない必要がある。
 少なくとも日本社会の現行法律においては、基本的人権が保障されていることに一応なっているので、我々人格階層の意識が自分の『生命』の維持管理に決定権を持っている。だがその上位階層にある日本国組織の『生命』は、いま誰の意識が保証しているのだろう?
 健全な日本国組織あっての、安心安全に暮らせる日本人各々であるはずなのだが。

 直言してしまうなら、老衰で弱ってカネや権力ばかり欲しがるボケ老人を、日本社会の意思決定領域できちんと新陳代謝し排泄しなかったツケがこの惨状ではないかと思う。
 御覧な、あちこちから物証が上がり次々突き付けられても、平気でウソをつき関係ない受け答えを繰り返して誤魔化し、仲間の反感も顧みず好き勝手やり散らかす。遊んで暮らしたいばかりでマトモに使いもしないカネを、際限なく貯め込んで隠し持とうとする。タチの悪い認知症患者そのものである。
 『イノチが大切』『イノチを守ろう』と美辞麗句が語られるにあたっては、文字通りの『イノチ』とそこに宿る『意識』が一緒くたにされているように感じるのだけれど、せっかく大切にしたイノチが上位階層と協調する意識を宿せず、傍若無人に組織力を食い潰して迷惑に増殖する癌細胞になってしまっては元も子もない。
 このところ若い人が取り乱しもせず癌の治療に腹くくるケースが連続で報道されたけれど、彼らが自身の末節階層を立派に手なずけて元気な挨拶とともに帰って来たとして、我々日常を暮らせている年長組として、日本国組織をすっきりと健全に浄化して、盛大に迎えてやれるのだろうか?

 予想通り『議決の儀式』がまたあったようだが、議会制民主主義政治の意思決定プロセスとは無関係な国家破壊工作であり、本来議会の合意として行政の現場作業に結び付けてはいけない法規外行為である。
 もう1億2千万人日本国組織には、今ナニが潰されナニがまかり通るかの押し引きの先に、戦力外通告し排泄すべきモノがはっきり見えている。この政権は『もと議会制民主主義で始めた国家組織が、高齢化により崩壊した最初の事例』として後の教科書に名を残すことになるだろう。

 以上、だからといって気を緩めず諦めず、今できることをできる限りの精一杯ギリまで尽くしておけば、目下の到達点は時間遅れをもって確実に効いてくることを保証する【380】
 引き続き着実・冷静に、場を荒らさずフェア徹底でお願いしたい。頑張れ野党たち!
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