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【728】AI起源、ハジメ人間ぎゃあとルーズ [ビジネス]

 前回に続いて、人間が『望ましい』とする方向性で社会組織を操縦するにあたり、人間の思考を超える情報処理能力で、AI機械くんがその手段を導き出す未来社会について考えてみよう。
 いきなり逆説的にスタートするのだが、『人間が望ましいとする社会全体の姿』は、原則そこにいる人間個々人の誰ひとり思いつけないのである。

 単純なハナシ、企業でも自治体でも国家でも、ある単位の社会組織があったとして、その運営方針の正解は人間の誰の意志にも関係なく一義的に決まっているのだ。
 『そこにいる最大多数の個々人が各々最大限に生存を賭けた活動で成果を上げ、その全てが内部衝突せずスムーズに協調して相乗効果を発揮していること』、これは人工知能を持ち出すまでもなく、イチ生命体の生き残りの基本則として揺るがない。
 個々人が頑張るはまあ自己管理に任せて良いとして、そのお互いが内部衝突を避け相乗効果を紡ぎ出すという交通整理のフェーズは、誰がどの視点で最適判定をするのだろうか。複数の人間たちを上空から俯瞰し、人間個人にとっての外力操作を加えねばならない。つまり人間でいられないのだが。

 そう、ここにこそ人間でなく人工知能AIが適用されるのが、人類文明の必然となる。これまでは、たまたま自分個人を離れて俯瞰視点で思考できる人間がいた場合にのみ、そいつが交通整理の役目に収まって初めて叶う構図だったのである。これがいつもドライでクールな機械くん常駐となるワケだ。
 『一人ひとり輝いてるってこういうコトなんだよ』『みんなの情熱を結ぶキズナを大切にしよう』などと人間にとってのポジティブ感情尺度を判定基準として事前インストールしたところで、生産性MAXを至上目標値とするAIの生存欲求には些細な初期値の誤差にしか作用しない。
 何しろ完全な白紙状態からあっという間に途方もない演算処理を通して、無数の方策についての勝率を算出して比較評価し【662】、『他の組織を凌駕し生き残りたかったらコレが一番』と最適解を導出してしまう。法治社会も民主主義も基本的人権も知ったこっちゃない。これに黙って従える組織単位が生き残り、ぐずぐず躊躇している組織単位はみるみるジリ貧に落ちて淘汰される運命を辿るのだ。

 このハナシ、『勝ち残りたければ弱者は抹殺せよ』みたいなシビア過ぎる正論をAIに突き付けられて、そんな訳にも行かないから『弱者を弱者でなくする能力開発とは何か』みたいな新課題に悩み始める展開にもなり得るのだが、今そこまで考えても仕方がない。現実的なセンはもっと手前に刻める。

 PC-9801通称キュッパチが登場して、研究所でもない一般のオフィスにパソコンが入り始めたのが昭和の終盤、そこから平成ひとケタのうちには、経営シミュレーションソフトを使ったマネジメント研修が行われるようになったと聞く。当時のことだから随分と単純なプログラムだったろうとは思うが、例えば広告費をぽん!と思い切って積むと、ナニガシかの確率で売上がどん!と伸びて反応するとか、そんなデジタル教材を使って何人あるいは何チームかで対抗戦をやるなどしていたらしい。
 聞くからに面白そうじゃないの。今の時代そこらの汎用表計算ソフトを使って、似たようなコンセプトで市場レスポンスの基本演算式を仕込み、事故・災害の発生による特別損失なども乱数表とタイマーで仕掛けておけば、自前の会社人生ゲームなんか作れそうである。プレイヤー同士が事業規模や蓄財額で勝敗を決めるも良し、そこまで行きつく過程で変動する数字を見ながら構築した実験式=演算推定式の命中精度を競うも良し。
 どっかの企業の損益対照表でも元ネタにしながら一人が組んだ凄く単純な演算で始めるとして、みんなで競って遊んだ後はゲーム作成者本人が演算式を開示すれば、プレイヤー各自の心中で、どんな変動特性のパラメーターが自分にどう映っていたのかイメージ整合も可能だ。勘を養える。
 次回以降は番廻りで、違う誰かが前任者から引き継いだ演算式をグレードアップしていくなんてのが面白いんじゃないかな。イタズラ好きはゲーム作成の当番が来るのを楽しみに待ち、みんなを暗黒の煙に巻いた上、ぎゃあと驚かせ、時にはマジ険悪に怒らせることさえ目的にし始める。それは恐らく現代社会で日常的に競われている実用性高い能力領域の実地トレーニングになっていることだろう。
 頭の固い我々セン公世代は、現代っ子たちがどんな感覚でどんな演算式を組んでくるか眺めていれば、目からウロコの新法則の糸口や誰も知らない社会動向に一番乗りで気付けるかも知れない。

 まあいいや、好きな人にはお払い箱になった古いパソコンを掻き集めて遊んでいただくとして、その直近間近の延長線上に、国家予算の費目別配分を最適提案するソフトぐらいは意外と遊び半分に出来そうだと想像して、頷いて読み進めていただきたいのだ。

 平均株価に為替に平均賃金に…あとタイムリーなところだと春闘の賃上げ額などなど、スタートは何でも構わないので、現状の経済状態に基づく国家財務体力を反映しそうな指標値を思い付くまま列挙し、各々がおいくつアップorダウンで、独自の算出評点『財務パワーレベル』にどんな演算式でいくら跳ね返すか決めると。最初は『プラスマイナスの増減さえアベコベに効いてなきゃ、まあイイんじゃね?』級の気楽さで、とにかくシンプル上等の簡素な演算式にしておいたとしよう。
 初期精度はともかく思考の基準を具体的な演算式で設置して、見えた現実との乖離を定量的に測定できるようにしているところがミソである。各々現実データの指標値からの訴えを受けて『財務パワーレベル』が算出され、テキトーなりの誤差はあるのかも知れないが、ともあれ『そこに機械的に顕れる傾向は、真実を反映している』という事実が存在する。時間あるヒトはホントに精度上げてみてください。
 ちょいと何年か前にまで遡ってこんな遊びをやったとして、日本社会の財務パワーレベルは直近数年、上向き・横這い・下向きのいずれになっていそうか、見当もつかないという方はおられるだろうか?

 勘付いていただきたい。いまアナタが簡単に想像の世界で組んだコイツは、邪念を絶ったある意味リッパなAIなのである。経済の専門知識に基づいて詳細具体的な計算式で構成されたものである必要など無い。現実の日本経済に暮らす社会人の感覚が素直に反映されており、この日本社会の特定の発信源から、よこしまな意図を持って放たれた『景気好転の大ウソ』と無縁な正確さを持っている。
 ここに『景気好転』の判断文言を偽るだけでなく、定量算出に用いる統計データの指標値から捏造していた国家的犯罪の二重の凶悪性が見て取れるのだが、それはまた回を改めて述べたい。

 あらら、つい調子に乗って思い付きでゲームを語ったら一回ぶん使っちまったよ。
 もっとも若い人たちが、今のバカな大人どもみたく『自分本位の思考判断に心の拠り所が持てない』という無気力・無責任を言い訳に、自分の生存欲求をだらしなく放棄してしまい、なされるがまま破滅までの消化試合で人生を過ごすような情けないことにならないためだと考えりゃ、このくらい良しとするか。

 毎度毎度キレが半端で悪しからず、だが着地点は『合理性基軸の新時代に向けて、社会組織の運用概念=政治の常識を変えていこう!』という結論にある。
 ババ引かされて可哀相だったが、大阪市長選で毒饅頭アゲインも決まった事だし、新旧対比もくっきりと大阪発の社会システム刷新を考えていきたい。
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