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【1261】情報と行動で考える国家組織の性転換リスク [ビジネス]

 まずは前回に続けて、小笠原ヘリ隊墜落事故の当面の最優先課題の確認から。
 いま何より大切なのは、二次災害の絶対阻止だ。去年も言ったろうが【1154】

 人為的要因で人を死なせておいて、安全衛生管理を怠けて軍用ヘリコプターをおもちゃにして遊んでいたら、お約束で『案の定』の『また』死亡事故を発生させた。
 隠すことも誤魔化すこともできないお粗末きわまる現実だが、それでもまだ殺人犯どもは隠したい誤魔化したいを諦めないことだろう。
 現状行方不明7名の運命を心底マジメに気にしているとも思えないが、世論の風当たりを避けようと捜索隊を奮発して取り繕った日には、またしてもお約束の二重遭難・三重遭難をやらかしてますます失点が嵩み、バツが悪くなるだけだ。そっちのリスクはしっかり計算しているのだろう。
 米軍に大枚お支払いして土下座して三べん回って靴の裏でも舐めたのか、米軍が捜索に協力してくれるテイは整ったらしい。一般国民が見に行ける場所でもなし、その動員規模や実働態勢は全くの不明である。

 ま、とりあえずおのれの身の安全ぐらいは判断できるはずの年恰好の人間の集団なんだから、この現実を体験した上で、自分らでこんな組織に身を置いて安全だと思えるところまでは何とかするんだろうよ。
 かねてからここで述べている通り、集団の組織体質を決める『組織の自我』は、構成員の過半数の共通特性で決まる。殺人犯グループと、そいつらの人殺しがあっても『まあいいや』で黙認し同調する奴隷構成員の合計数が過半数を超えている限り、何度でもヘリコプターが落ちて人が死ぬ。
 それを看過する日本国組織の管理下に、安全な空域など無い。皆さんお大事に。

 さてNHK朝ドラ『虎に翼』が相変わらず序盤からハイペースでドタバタ続きだ。
 例によって時代考証的な視点はユルユルで構わないことにして観ているのだが、ちょっと女権向上のために戦い過ぎというか、そのために女性が虐げられ負担をかけられる初期状態でストーリーを埋め過ぎに映る。私だけの心象かなあ。
 おにぎり女神ウメコ夫人が亭主関白なダンナに不満を覚えるのはあり得ると思うが、ダンナに似てしまった長男に見下された視線を感じて『戦うのを逃げていたらバチが当たった』は、少々トゲが立ち過ぎていると思う。
 それで離婚を目論んで弁護士を目指すというのは、当時の精神文化のイメージに照らして、ウメコ夫人がメンタル疲弊し過ぎてて気の毒になっちゃったよ。

 良いか悪いかは別にして、日本列島に生きる社会組織は『男系で血統をつなぐ』という考え方が継承されており、皇室の男系皇族の議論においてもまたしかりだ【356】
 かつては男系皇族の血統維持のために『側室』=公式のメカケ組織表の仕組みまで設けられていたのであり【355】、これが社会的立場としての男女の落としどころとして、疑問を覚える以前の『ただの常識』であった。
 ポイントは、そうやって紡いできた日本社会の血統構成なんだから、日本国組織を一気にパワーアップさせたり、日本国組織の一大事を守り抜いたりするにあたっては、オトコはコマひとつの存在意義であり、時と場合に応じて使い捨てでいいじゃんと、そこまで当時の常識だったことである。

 少なくとも私が子供の頃の高度経済成長期には、まだ『亭主元気で留守がいい』=ダンナは病気もせずどっか外に出払ってるのが、女房にとっては自由気楽でやりやすい…という言葉が普及していたものだ。
 オトコ社会で勝手に心身擦り切らせて、ウチの家庭にはアガリだけきちんと放り込んでくれれば、むしろオンナの牙城にうじゃうじゃ居座って手間を増やさないで欲しいと、ぶっちゃけそういうことである。

 法律に留まらず一般生活慣習まで含めて『こうと決まっている』『こうするのが正しい』とする直感的な共通概念の世界観があったとして、それらも所詮は社会空間に共有される『情報』に過ぎない。
 もちろん『情報』の表現が意味するところを曲解したり笠に着たりして、劇中いわく『権力の濫用』みたいな形で実行動を押し通そうとするヒンシュク者はいたのだろうが、わっざわざにヒンシュクを買いながらの濫用なんかせず真の意味で『適切』に解釈して、快適で幸福な生活を実現していた正直者が普通の多数派だったと考えるのが自然ではないだろうか。
 だいたいアンタ、年頃の若いオトコの頭の中なんぞ、根拠を得て偉ぶれるシチ面倒くさい規律構造があったところで、そんなもん目の前のオンナの二の次・三の次・遥かそれ以降にしかならんに決まっとろうが。
 オトコの性根とその公認っぷりがガサツで粗野な時代風潮ではあったけれど、それ故それを描写するココロがあんまり現代風の物差しに囚われて、目盛の読み値でオトコを嫌わなくてもいいのかなと思う。

 そうそう、ハイキングで崖から落ちたイケメン優等生くんだが、当時のあの年齢のオトコなんだから、全身複雑骨折で命が危ないのでもなけりゃ家族呼ぶハナシなんかすんな、みっともない。
 随分前に亡くなったが私の叔父=母の兄は、子供時代に二階の屋根に上がって遊んでいて転落し、額の側面に大穴の傷口が開く怪我をした。だが当時は怪我をすると無駄な手間としての処置を親に面倒がられて、特に男の子はその愚行を頭ごなしに否定され怒られたのだ。
 なので、その日の夕食も傷が親の死角に入るようポジションを工夫しながら切り抜けて、まあそんなガキのこったからほっときゃ勝手に治って、本郷のちょっと名の知れた大学に行って貿易商になったよ。親もたぶん怪我のことは気付いたんだろうが、普通に生きてメシ食ってるしまあいいか、ってとこじゃなかったのかねえ。

 いっぽう何かにつけイケメン優等生くんとぶつかるヒゲ無頼漢くんだが、法廷劇のとき暴言を浴びせてケンカになった男役ちゃんに、自分のクチで『前は済まなかった。許して欲しい』と詫びを入れるあたり太鼓判の大正解で、ここはタイヘンよくできている。不器用で粗削りだが真直ぐでしっかりした、いいオトコじゃないかよ。
 1929(昭和4)年生まれの私の母が幼少期、ふとした行きがかりで近所の年上の男の子に虐められる構図に追い込まれて、泣き出してしまったのだそうだ。
 それを見つけた別の男の子がすぐに心配して『泣くな、どうした?』と訊いてきたので、しゃくり上げながら思うままにいきさつを話したのだという。その途端。

 『おおーい!そこのそいつ、オトコのくせに女の子いじめて泣かしおったぞおー!』と指差して、大声であたり一帯が振り返る勢いで叫んだのだそうだ。再び、その途端。
 母を泣かせた男の子くんが血相変えて駆け寄ってきて『やめてくれ、ごめんよ、この通り謝る、だから、頼むからやめてくれ』と人目も気にせず平身低頭、平謝りで鎮めにかかったのだという。
 みんなの前できちんと謝ってもらって、許してあげて、万事すっかり元通りに収まったのだそうだ。
 昭和ひとケタからふたケタになろうとする頃、確かに絵に描いたようなオトコ社会の規律構造はあったのだが、それは幼少期からのこんなメンタル土壌の上に築かれた精神文化を『情報』にしてまとめ、日本社会の運営に適用するものだったのである。

 ちょっと弁護しておくと、人材育成だとか能力開発だとかいうワードが見え隠れする業域の観点からすれば、イケメン優等生くんは『どう壊すか、どう踏み外させるか』が面白くも楽しい業務課題となる。
 王道をソツなくこなすヤツは、既存の評価尺度できっちり点取って優秀なんだから、未来に拡がる未開の原野で泥ぐちゃになりながらドカタ稼働で開拓できるように壊して、本人に可能性を拡張する壊れ方を覚えさせてやらないともったいない。
 ともあれこうして大きくなったオトコどもが、のちに腕によりをかけた特製の弁当を持たされ『一番おっきいのをやっつけてねっ!』とオンナ子供に笑顔で送り出され、片道燃料で朝日を浴びつつ笑顔で飛び立っていった。

 男系血統文化が連綿と築き上げてきた男女関係の具体的な実例であり、私は日本列島に生まれた日本国民の一人として、これで妥当だと思う。
 そうか、ゴールデンウィークが近いから、特に若い人は遊就館を見に行くといいよ。
 読み物にして展示解説にするのが難しい内容領域だが、その読解力にグッドラック!
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