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【81】実力と気合と運勢と [ビジネス]

 長らく御無沙汰をしてしまい申し訳ございませんでした。これより再開致します。

 私の大好きな機械、F1レーシングカーのタイレルP34を紹介しておきたい。
 ときめかずにはおれない独創的な構造も魅力だが、技術の本質的な姿について深く考えさせられるエピソードを持っているからだ。

 タイレルP34は1976年、初のF1日本グランプリで富士スピードウェイを走ったから、好きな方は御存知だろう。『6輪タイレル』と呼ばれた、まるで大型トラックのように前輪が4つあるレーシングカーである。
 今でこそコンピューターの空力解析に基づく複雑な曲面で形作られているF1だが、70年代はまだ空気抵抗をいかに減らすかという単純な問題で四苦八苦していた。
 F1のタイヤは規則により露出していなければならないため、設計者は前輪を小径にして空気抵抗を減らし、操舵力と制動力を確保するため4輪に増やす奇策に出たのである。重量や摩擦の増分より、莫大な空気抵抗が減ずるメリットに賭けたのだ。

 どえらい開発費をかけ、失敗作だったらその年作り直す金も時間もない。不調でスポンサーに見放されたらもうおしまいである。シーズン開幕前の発表セレモニーでは『冗談だろう』と笑いが起こり、実戦投入を信じなかった者もいたという。

 果たしてその結果は、せっかく前輪は小さくなったものの総重量は増え、それより遥かに大きい後輪が手付かずだったため前面投影面積は他車と遜色なく、最高速度は全く伸びなかった。
 ところが前4輪で効く制動力と操舵力は圧倒的で、低速コーナーで結構速く、おまけに当時しばしば発生したタイヤの破裂事故が前輪ひとつを襲ってもそのまま走ってピットまで戻ってきたりして、十分な戦闘力を発揮し結局そのシーズンに2戦ばかり優勝している。
 設計者の狙いは大ハズレだが、常識を破ってまできちんとデメリットを埋める設計をしたお陰で、それが功を奏して成功しているのだ。怪我の功名は正直者の特権なのである。

 ところが不運なことにタイヤを作っていたグッドイヤー社が、6輪車の前輪専用となる小径タイヤの開発を嫌がってしまった。
 初年度は1クラス小さいカテゴリーのタイヤを流用したのだが、2年目以降は他車の進化に対抗して専用開発が必要となった。それを拒まれたのである。確かにタイヤメーカーにとっては非効率極まりない話だから無理もない。

 残念ながら2年目以降、6輪車は勝てないまま古いタイヤでもがき苦しみ、確か3年目あたりを最後に、姿を消してしまった。
 いいアイディアもそれを活かせるパートナーに恵まれなければ開花しない。技術的には実に興味深く、育てたいと思った人も少なからずいたと思うが、やはりビジネスが成立しない技術に生きる道はないのだ。自由奔放に仕事を遊び、夢を追う異端児が心しておくべき現実だと思う。

 5年近く前、タイレルP34の精巧なミニチュアモデルを見つけた。大喜びで買い上げたその宝物は、私にとって大胆さと慎重さの最適バランスを念ずるお守りになっている。


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