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【1248】ふと気づく古びた夢中な自画像のホンネ [ビジネス]

 アニソンの話をしていたら、漫画アニメ文化の巨匠・鳥山明さんの訃報が流れた。
 まだ68歳か…御本人もお仕事を続ける予定だったというし、ちょっと早すぎるなあ。
 そう思っていたら、今度はちびまる子ちゃんのTARAKOさんが63歳で急逝。え~?

 そう言いつつ、この私だってもうガチもガチで『明日は我が身』の年恰好だ。
 持病ゼロの将来人生を賭けて、いま片付けられる面倒を全て片付けるつもりでステロイド離脱に取り組み12年目を迎えたが、この成果はもうこの世のどんな有価物件とも引き換えない。阻害要因になるようなモノは一切の躊躇なく排除する。

 明日また東日本大震災の日付3月11日を迎える訳だが、日本列島にいる限りはどこに住んでも震災のリスクから逃れることはできないから、明日からかも知れない被災環境下で面倒なく日常の体調を維持するためには、食って寝るだけの手放しパーフェクトの健康体でいなくてはならない。目標達成まであとちょっと…なのかな、まあいいや。

 さて少なくとも現時点で地震は予測不可能な訳だが、それでも実際の発生をとらえた時の緊急地震速報の迅速なことには感心する。
 悠長に感心していられるくらいの揺れで済むほど遠方であっても、緊急地震速報が着信すると、いま脚立に上がろうとしていたところを中止してやり過ごしたりはするから、いざペンキ缶を提げてハシゴに登ろうとする工事現場や、淹れ過ぎたお茶を擦り切れ一杯に注ごうとする居間のテーブルなどで、それなりにささやかな減災効果を上げているのではないかと思う。

 ところで、つい昨年だか一昨年だか、バカみたいに連チャンで鳴らしてた空襲警報は今どうなったんだっけ?【1099】
 『半島の北からアブナイ花火が飛んでくる』ってのが触れ込みだったと思うんだが、あれだけの頻度で繰り返していた宇宙航空技術域の国家事業を急にやめちゃって放ったらかしというのは、いかにも不自然としか言いようが無い。っちゅうか、そんなことあり得ない。
 人工衛星であろうが軍用ミサイルであろうが、実験して結果を得ている以上は、具体的な完成品で大成功をアピールするか、大事故を起こして継続を断念するか、何か国際ステージにおける国家発展級の節目がついているはずなのだ。
 今どきどんなに秘匿しても、このレベルの情報なら直接見え聞こえするか、推測なら推測で、四方八方から信頼性高い裏付けがバッチリ取れて語られるのは間違いない。だがそれが無い。

 つまりあの当時、半島から本当に花火が上がっていたのなら、今に続くその後もちょくちょくは上がってるんだろうし、今がすっかりの御無沙汰だというのなら、当時のうちから大した花火のブツは上がってないのに、空振りカラ騒ぎの空襲警報を繰り返していたことになる。

 現実の結果として『空振り』に終わった空襲警報は、ただの一方的に安眠を妨害されたりもした当該地域の住民に評判が良いはずもなく、かたや当該でもない日本国じゅうはシラけるばかり、こりゃ世論の風当たりが強くなる前にやめといた方が賢いな…で済む程度のもんだったから、打ち上げ花火の真実がどうであれ、今はすっかり静かになっている。そういうことだ。
 こうして時間を置いてコトの顛末を俯瞰するとよく判る。『忘れた頃に…』で忘れるくらいなんだから、騒いだひと頃が過ぎた後、ホントに何にもなかったってことだよ。

 『花火がアブナイので国民は隠れましょう』が真意ではなく、他に目当てにするものがあって、わざとらに危機感を煽るようにおどろおどろしく仕立て上げて、朝ドラの時間帯まで狙ったという構図が明らかではないか。
 調子こいてそんなことをしていて好天の宮古島でヘリコプター落として自衛隊員10人殺したんだから、一応にでも人目を気にする感覚があれば、もう迂闊にあの陳腐な空襲警報は流せなくなっているはずである。

 正月の能登半島地震では、現場の被災者の切実な救援要請を偽ったニセ情報が多発したという。また動画や音声までAIを使った再現度の高い『なりすまし』が取り沙汰されるようにもなった。
 良いことだとはゆめゆめ思わないが、社会の高度情報化に伴って完成度の高い『情報』が狙ってゼロから組めてしまうし、どこにでも解き放って流通させることができてしまうのだから仕方ない。見分けて摘発する方策も無ければ、NG判定して禁止するプログラムも成立しない。
 情報は『受発信者の知覚や記憶に発生する共通の現象あるいは状態』なのであり、ブツでないからには誰もがどうにでも組めるし、紙面でも電気でも通信回路に乗る限り、どんなものでも『情報』として伝わって作用する。

 たまに『情報の質を守る組織が必要だ』などと、今どきカラッポ正論にもならない日本語を恥ずかしげもなく放つ非・情報人種を見かけるが、こんなのの詳しい話を聞くのはまっぴら御免である。
 誰にでも、どうにでもなる『情報』は、それゆえに誰かが管理することなど原理的にできない。時間の無駄だ。
 そして大事なのは、自由意思で行動を選択する人間は『ジブン好みの情報を通信対象に採択し交信する』のであって、『正しい情報を通信対象にしないと死ぬから、正しい情報を求める』のではないということである。

 そう、今日も手にするスマホのその画面は、まさにあなたが人生の時間を費やす目的意識そのものという事実に気付いておこう。
 将来いまの瞬間を振り返ったとき、御自身で納得できるものが映っていますか?
 幸せいっぱいのその上質な画像に、グッドラック!
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