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【869】賢い独裁者の効率的パワハラ権力 [ビジネス]

 もう末期症状と呼ぶにも適切かどうか迷うような、惨憺たる状況になってきた。
 何がどうモメるのか考えたくもないし、考えても無駄だ。こんな状態で遊びに行くカネくれてやるっつったって、それ結局は自分で背負って払って解決させる税金が資本だぞ?
 遊びに行ったら行ったであれからこれから百倍めんどくさい不愉快な制約だらけで何しに行ったのかもよく解らんだろうし、その挙句に間違えてウィルス感染もらって重症化でもした日にゃ目も当てられんぞ。
 こうなると一概には責めるに責められないばっくれキャンセルも増えそうだし、つまるところ観光・宿泊業界は手間もコストも被害甚大じゃねえの?

 日常の職場でよく言われる『仕事の発散』が同時多発しており、国政に組織運営の業務体系としてのシステム作動が成立していないのだ。断片的な作業指示が前後左右まったく同期しないまま、とにかく政権が『やる』と言った利権行使は、言ったからには『やる』の強制力アピール、これ以上の内容は発信されていない。
 ガイキチ強権発動をめくら撃ちする政府に、遂に付き合い切れなくなった各業界から、拒否拒絶の反応が返ってくるようになり始めた。当たりナシ総はずれ・捨て駒草野球チームの自爆テロ非国民犯罪者政権、いよいよ自己崩壊フェーズである。

 個人も組織も、目前の物事の処置をどう実行していくかの判断には、複数の選択肢があったり正解に幅があったりするのが普通だ。例えばとりあえず精一杯やった結果、部品毎のばらつきの最大値同士が出遭ってしまった組み合わせにおいて、品検の基準値からちょびっとだけ足が出るような行きがかりになったとしよう。

 これが部品同士の相互干渉の問題だったりするとキホン『死んでもやり直し』、何故なら部品と部品が物理的に当たるんだから必ずナニガシか壊れてくる、あるいは最悪最初から当たって組み付けられない訳で、その組み合わせが発生率何%になるのかはともかく、それが起こり得ないように直しておかないと量産に移行できない。
 一方モノや音色にもよるが、これが機械作動音の音圧レベル=dB値だったりすると『若干の基準未達だが許容とする』判断があり得る。
 ユーザーはこっちの社内基準値を知った上で騒音計を向けながら製品を使う訳じゃなし、但しもちろん品検に基準値が定められている以上はそれ相応の理由があるのだから、そこを理解し見切った上でのこととなるのだが、この場は特例扱いにしてGO判定としそれ以上の工数・コストを投じない。騒音クレームが出たら救急隊を一日飛ばして一品対応の遮音材追加の必殺技チカラ技でいくか…とまあ、こんな感じかな。
 全ては『限られた原資をもって我等が組織の運営を良好に保つため』なのだ。
 部品を当たらなくするためでもない。騒音計の針の指示値を守るためでもない。

 こんな時『自分の担当領域はちゃんとやってるんだから修正の余地ナシ』的な主張と共に、その部位にまつわる法規や設計基準を片っ端からひっぱりだして見せに来るアホや、『もし何かあっても自分に責任は一切ナシ』的な被害妄想と共に、自分本位の開発経緯のまとめ資料なんぞ作って空想引責問題における護身を固め始めるバカというのは、実は結構フツーにいる…というか枚挙に暇が無い。
 いつも省工数・省コストに追われるサラリーマン技術者にはあるある話であり、特に機能デバイスのくくりや、性能項目のくくりで責任範囲を設定し分業する組織では、いわゆるセクショナリズムの現実的損害としてこれが起こる。
 まあ本人たちが夢中なのは解らんでもないのだが、製品を買う立場のユーザーから見ればひたすら無駄で愚かなウチワ揉めに過ぎないワケだ。いいからさっさと意志統率して、そのぶん納期と値段を下げてくれやと。

 自分の実体験まで含めて思い知っているのだが、上記のように通るところ折れるところがすんなり合意できるくらいなら誰も苦労はしない。登場人物の全員が『自分こそ組織のために、担当職域で最大限に良心的な仕事をしている』と真顔で言い切る精神風土があってさえ、この内部損失モードは発生してしまうものなのである。
 だから、この気概いっぱいの衝突の場に無能フヌケの管理職が紛れ込むと、みんなの業務パワーに圧倒され恐れをなして責任を負った断言ができなくなるのだし【53】、その流れでフラストレーションの頂点に達した組織がつい『何でもかんでも、ただ決めてくれるジャッジマン』に我を失い熱狂して、大失敗したりもするのである【541】

 こんな意志と意志が交錯する環境のもと、関係者全員の満足とは言わないまでも納得ぐらいの収まりは保証しつつ、みんなで共有する最適解の原型を一本に束ねて方向付け、現実の解釈として疑いの出ない判断根拠で裏付けていくこと。
 これが業務遂行力の『リーダーシップ』の具体的な姿=健全な組織における『権力』の本質的な意味ではないかと思っている。
 例えば技術職なら、信頼されたリーダーが責任を負って『ここは寸法相性の部品選別でばらつきを吸収する訳にいかないので、そもそも当たらないように設変しよう』『クレームは発生都度対応で何とかなる、但し騒音基準設定の経緯を徹底的に洗って欲しい』など、全員共有の最適解のため特定の相手に具体的な作業内容を提示する指示命令行為がそれにあたる。ま、これが唯一の理想像だとは言わないし、こんなに美しく収拾がつくこともまずないのだけれど。

 自分の思い通り言った通りにみんなのコトを独断式に決められるだとか、自由自在ときに強制的に他の誰かを動かせるなんぞ、権力でも何でもない。ただの人並み以下、勘違い個人の王様ゲーム的思い上がりに過ぎない。『強いチカラ』にならない。
 相手の気持ちに逆らって何かを強要した途端、そこで内部損失が発生し組織稼働の効率が低下し、組織力のアウトプットが落ちて生存競争に勝てなくなるからだ。

 世間一般で『非効率な組織を効率化したい』と嘆くマネジメントの問題は、基本このくらいの次元からハナシが始まるのが普通である。若い人たちには、社会の生産性組織はこのくらいの問題にいつも悩みつつ、原資を投入し利潤を刈り取りながら、経済社会の一端で生き抜くための押し引きをやっていることを先に知っておいて欲しい。その日本経済を丸ごと底上げで元気いっぱいの大騒ぎにするのがガチの課題である。

 普通だと到底起こり得ないレベルでバカな大人組織の崩壊が見えてきているからには、まだダメになっていない若年層の皆さんに、今のうちに『コッチ側の視点に来てもらっておけないか』と思いついた。
 誰がどこでリーダーになるもならないも、みんな各々の立場から合理的に協力して生き抜く心づもりがない限り、日本社会全体として組織力が発揮できない。
 どなたも的確な行動の選択で、先を御一緒できますように。ではグッドラック!
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