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【957】法治社会絶対支配者の救命換気術 [ビジネス]

 前回から引き続き、日本社会の現状ウォッチングに関する話題から。
 日本社会は、一部の自称・上級国民と圧倒的多数のなりゆき下民で構成されるワケだが、『上級国民の言った通りに全体が動く』という根本的な勘違いが双方にあるのだ。

 正解は『組織の自我が思った通りに全体が動く』のであり、あとはどこの誰・どんな部分集合の社会層であろうが、所詮は『組織の自我に抗えず、ただ言ってるだけ』にしかならない。
 以前にも述べたと思うが、『法治国家社会は法律文言に示された日本語内容に誰もが従う』のではなく、そもそも『国家組織が幸福であるためにああしよう、こうしよう』という概念がまず生まれ、それを手段としての法治社会で実現しようとするから、立法して法律ができあがる。この順番を間違えてはならない。

 何事も、現行の法律を大切に、きっちり守っていくことが前提。それはその通り。
 現行の法律も、組織の自我が以前『これでよし』と判断したからこそ現存する。
 これに徹するなら、日本国の法律に則って上級国民が『コロナ死ぬ死ぬ』と言い続ける限り、思考停止で日本国民の全員が『コロナ死ぬ死ぬ』と言い続けるのがスジである。その理屈は立つ。

 だが、その『コロナ死ぬ死ぬ』一斉服従により、飲食業界を始めとして全・経済活動が通常の採算稼働で維持する生活を失っているのだ。効力も安全性も保障できていない妙な注射を、国民ニーズをわざと確かめないまま手当たり次第に打って税金払いにツケる狂乱政策も野放しになっている。
 日本国憲法に定められた『健康で文化的な最低限の生活』が国じゅうで蹂躙されている訳だが、ここに『現行の法律の順守』という規範意識が、もっと上位の法律に抵触している位置関係が理解できるだろうか。

 いま何より我々日本人が考えなければならないのは、日本国組織の最大多数=組織生命体の本体が『コロナ死ぬ死ぬ』で致死性の重症を負っているという現実だ。
 日本国組織は『早く日常稼働を取り戻して、元気で幸せに暮らしたい』のであり、この組織の自我の思う方向に物事は展開していく。誰も逆らえない。
 ここで私なんぞがチンケな解説めいた言論をやろうがやるまいが関係なく、1億2千万人日本国組織は『コロナ死ぬ死ぬ』には険悪に飽き尽くしており、この超巨大生物に何を持ち掛ければどんな反応を返してくるのか、その心理状態は誰の手からも離れて、もうどうしようもなく決まっているのだ。

 さて、そんな日本社会の現場の現状としては、あっちからこっちから損得都合やくっだらないチカラ関係で『動くな』と禁じられたり『ちょっとぐらいなら構わない』とそそのかされたりして、要はどうでも良くなっている。相当キツくなっている日本人でも、さすがというか純粋にお行儀として規律に従う気持ちは残っているが、今それをやって幸せな社会生活が守れて納得しているとは到底思えない。
 そんな惨憺たる社会空間で、誰も信じていないのに自称・上級国民の稚拙な世論操作の情報だけが独り歩きし、でっち上げの大嘘を繕う三文芝居が現場の負荷に化けて、損害を出し続けているのだ。
 ここでのポイントは、日本社会の自我がゆめゆめ信頼しないような偽造ハリボテのクズ情報が、あたかも信憑性のある公共通信であるかのように、報道を装って流通してしまっていることにある。

 昨今『一酸化炭素中毒』という言葉を聞く機会が随分と減ったが、昭和の時代かなり身近な事故だったのを思い出す。
 ガスにせよ灯油にせよ木炭・石炭にせよ、絶えずふんだんに新鮮な空気を送り込んで、十分な酸素を燃料と一緒に燃焼反応させてやらないと『不完全燃焼』に陥るのは御存知だろう。まあちゃんとした普通の燃料が完全燃焼していれば、燃焼反応で発生するのは二酸化炭素CO2と水H2Oで済むのだが、これが不完全燃焼になると一酸化炭素COが発生してくる。

 小学校時代の担任の先生が授業からの脱線雑談で【458】、大学時代に学生仲間と閉め切ったアパートの一室でこたつ鍋パーティをやったところ、このCO中毒に見舞われたのだと話してくれたものだ。
 ふと気が付いた時には全員『はっきりしていたつもりの意識が実は朦朧としていて体が言うことを聞かず、既にいくら頑張ろうとしても力が入らず立てない歩けない』という状態に陥っており、死の恐怖に怯えつつ僅かにでも動いてくれたその身体に死に物狂いで鞭打って、文字通り這う這うの体で扉を開けて間に合ったのだという。飲んでいたにしても前触れがまるで無かったから、君たちも気を付けろよと。

 人間は呼吸により酸素O2を摂り込んで、食い物の栄養分を燃料にした燃焼反応によりエネルギーを得て生きている【849】
 血中のヘモグロビンが酸素O2と結びついて血流に乗り全身に行き渡るのだが、一酸化炭素COには酸素よりも優先的にヘモグロビンと結びついてしまう性質があり、つまり全身の諸機能が酸欠で停止してしまうのだ。だから痛くも苦しくもなく穏やかに機能停止が進んで、途中で気が付いたにしても動くに動けなくなって死に到るという事故モードが多発するのである。気を付けましょう。

 今の日本社会は、まさにこの状態なのではないかと思うのだ。
 いつも誠実な報道が流れて、社会組織が正確な現況を認知する。そんな社会稼働力となる『情報』の代わりに、社会の原動力の生成原理を狂わすような別のウソっぱち・クズ情報ばかり流通させてしまい、日本社会組織の隅々までが動くチカラを失っている。
 流通情報が腐ると組織が病む。このままでは冗談でなく死を待つばかりだ。

 冒頭のハナシに戻ろう。法律も所詮は『情報』に過ぎないと気付くべきだ。
 もちろん人類文明としての法治社会の機能的価値を御破算にしろとは言わない。『法律なる情報』が作られた、その生成原理の目的意識まで遡って、何よりもまず『生命活動の基本に忠実になる』という大上段の生存本能を普及させたいと思うのだ。

 そのための特別な眼力など必要ない。皆が支えて皆で棲み分ける日本社会なのだから、各自現有の視点と問題意識で、この社会運営を堂々と評価して大丈夫である。誰のせいだ?どいつが悪い?
 …ってことで続きは次回に送りましょうかね。ネズミたちもびっくりの謎の集団自殺の大行進【624】、いつまでやる気か知らんが、こんな群れ合いが御免な方は頑張って生き残りましょう。では引き続きグッドラック!
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