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【823】見切れぬ一本の勝率メンテ [ビジネス]

 今夜になって急に報告例が増えちまったなあ。さらに病原体感染症の話題を。

 感染時の発症モードや病原体の感染力、駆除対策の決定打性・普及性などいろんなファクターが介在するので、病原体感染症の流行規模・期間を横並びで単純比較する視点はあんまり意味が無いのだが、ハンタ・ウィルスの仕業とされる『梅田熱』のケースでは【815】、昭和30年代の後半5年間くらいにわたって百名余りの感染者が出ている。犠牲者は2名とされる。
 比較的小規模ではあるが、裏返せば都会中心のかなり限定されたエリアにおける三桁人数の流行でも、数年間の発生が続いた事例があるということだ。無駄に悲観的な予測を拡げてもしょうがないのだが、ここの御贔屓さま方は『現実およびその先の可能性』に余計なバイアスをかけず、冷静に御理解いただけると当て込んで話題を掘り下げよう。

 今般の新型肺炎は流行が拡大中なのであり、例のクルーズ船はともかく日本本土については、感染例が『まだまだ確認され始めの段階』という印象が強い。感染症の流行は、ある程度拡がってタイヘンな事になって、そうすると症状の重さも正規分布でばらついて、ならば逆に一定以下の症状レベルで済んでしまう人たちが社会に増え始める。
 そんな人々が命を落としたり長期に苦しんだりすることもなく、日常生活のペースを崩さずに動き回って軽症の感染を流行させると、だんだん重症化する前に抗体を備える人が増えてきて、いずれ重篤症状の新規感染が減ってくる…とまあこんな素直な説明ができれば良いんだが、実はその裏付けが取れないままよくわからずに流行が収束してしまったりするのだ。エマージング・ウィルスの流行はどうにも始末が悪い。

 正直、東京五輪の開催時点できれいさっぱり安心安全の空気が戻ってきているとは思えない。というか、まず東京五輪に来ようと思う時点で『十分に大丈夫』の事実認識が確立していなければ、いくら医療や救急救命がしっかりしているからといって、観光客は日本に滞在する旅程が組めないだろう。
 既に現実的な経済を相手に世を渡っている人たちは、最悪の打撃を想定して事業の採算合わせをしているはずであり、そこから幸運に助けられていくつマシになってくれるかの儲け勘定を積むコンセプトで動いているはずだ。実際そうしないと財務破綻が待っている。
 その実感を思い描くと判るが、いま国家運営層とされる領域から聞こえてくる日本語の数々、いかにトロくてヌルくて無意味なことか。

 当面のところは無事と見受けるので今のうちのハナシだが、こんな時おかしなイメージの新語を流行らせてしまって混乱に輪をかけるようなことにならないよう、世論は賢く注意深くなるべきだと思う。
 割と最近の例を挙げるなら、あの『狂牛病』という呼び名は今もってどうかと思う。脳神経系疾患の怖さばかり不当に強調されている気がする。

 もともと『狂犬病』という病気は有名だったから、もしかすると畜産業者の間では意外と古くから『狂牛病』なる呼称もあったのかも知れないが、少なくとも二十世紀の終わりごろ食用牛肉でその発生が疑われた時、このコトバを持ち出すべきではなかった。今さら言ってもしょうがないんだけど。
 その原因が解明されていないのは事実だが、日常の食肉処理工程に必要な対策を施せば、現実問題としては安全が確保できていたのである。
 ただあまりにポピュラー過ぎる牛肉だけに、随分と『狂牛病』の脅威を恐れるあまりの行き過ぎた風評があったと記憶している。例えば社内ケータリングの窓口に安全保証の言質取りをしようとするとか。愚かな光景であったことよ。

 かの狂牛病は、牛の脳みそがスポンジのように変質してしまい、運動失調で足腰が立たなくなったり時に暴れたりする病気である。問題はその原因で、現時点では病原性蛋白質=プリオン(Proteinaceous Infectious Particle感染性蛋白質性粒子)であるとされている。その名の通り、モノはただの蛋白質なのだという。
 A、T、C、Gもナニもない、つまり情報メディアとしての機能も揃わない、生体の構成素材である蛋白質に何かいけない病原性が含まれているというのだ。これが煮ても焼いても病原性が消失しないというのだから困る。
 家畜の飼料には蛋白質やカルシウムの強化のため、病死した家畜のなきがらも処理した上で混ぜ入れるという方策が採られていた時代が、以前に海外であったらしい。最初は羊の病気として知られていた感染症なのだが、いつしか牛の病気として拡がった…らしい。

 『人間の都合で家畜にヘンテコなモノを食わせたからバチが当たったんだ』とする戒めも聞いたことがあるけれど、まず本当にそんな厄介な病原体があるのか、そしてその病気が牛肉を食った人間にまで感染するのかについては、少なくとも私は確証例とされるものを見たことが無い。
 もちろんドンピシャの証拠が見つからないからという理由で安心できるワケもなく、現在は牛の食肉加工時に脊髄を空気圧で打ち出すなど、伝染して病変する可能性がある部位を除去して流通させているはずである。
 最近の若い人はこの狂牛病騒ぎを知らないだろうから、まずまず現状のやり方は妥当な管理であり発生を完全に食い止められていると考えて良かろう。

 このプリオンが起こすとされる海綿状脳症、実は感覚と意識の在り処について考えさせられるところもあるのだが、それは次回に送ろうか。返すがえす大切なのは、不安にかられて現実生活の妥当ラインを見誤り、本当に注力すべき感染症への対応策が手薄になるような失敗をしないことだ。

 まだ人知の及ばない存在形態で地球上の生存競争を勝ち抜いているヤツは結構いるんだろうな。『いのち輝く未来社会のデザイン』においては、機械くんやプログラムまで含めて『いのち』の定義を考え直すべきなのかも知れない。
 2025大阪・関西万博は『いのち』が味方してくれるかな。大阪の成長を止めるな。
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