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【1115】10年目の大シケ航海日誌 [ビジネス]

 今日から師走、ということは、私がステロイド断薬してから満10年ちょうどとなる。
 結論から行くと、まだ完治できていない。残念だが、これが現実である。

 手指末端の関節リウマチ症状はとにかく長くしつこく【1013】、今も10本ある両手指の爪の半数以上が、完全な健康状態の色と形状を取り戻せていない。何本も黒い筋が入っていたり、テーブルクロスに指を立てて突ついてシワ寄せしたように波打ったり、と病的に醜い景色である。
 爪がそんなことになるくらいだから、その手前の指もただでは済んでなくて、実に先月半ば過ぎまで関節の背側がシワに沿って割れるのが非常にきつかった。眠ろうとすると骨に響く関節痛がガンガン来るだけあって、関節の中身が見えちまうんじゃないかと思うくらい深く割れるため、ほんのちょっとでも指を曲げることができなくなる。手提げを持つにもその指だけは伸ばして握るしかないし、パソコンのキーを打つ僅かな指先の曲げ角度も、全てが億劫になるほど痛い。このまま収まって欲しい。
 カンベンして欲しかったのが、朝トイレでお尻を拭くための曲げ角でも許容限度を超えてしまうことだ。神は私を見捨てておらず、最後の砦というか両手同時に関節割れにはならなかったため、左右の手を使い分けて乗り切ることができたのである。指紋のある手のひら側は両手の全面が完全無欠まで到達してるんですけどね。

 もうひとつ尾を引いているのが頭の中の中心部であり、今もちょうど症状の波が来ていて、内耳の奥の方や鼻腔の天井部の奥の方がずっと痛い。自分の顔をよく見るとほんの少しながら赤斑の地図状になっているのが見え、眠ろうとする時チリチリむずむずと不穏な皮膚感覚が煩わしかったりもする。
 よく覚醒剤なんかのヤク中の離脱過程で『虫が皮膚の下を這いまわる感覚』という表現を見かけるけれど、それが脱ステの自分にも該当するのかどうかはよく判らない。ただ今のコレがそうだとすれば少し違っていて『痒み電子の粒子がつぶつぶジュワジュワと体内から湧き上がって排出されようとする感覚』と描写する方が正確だろう…って、きっと解らんでしょうな。ええっす、こんなもん一生共感できなくて結構である。
 うなじの中央部には微かでなだらかになったとはいえまだ結節が分単位で出没していて、これって恐らく脱ステ診断の触診に使えるのではないかと経過観察中だ【374】
 少しでもコイツが手に当たる間は完治しておらず、頚椎通信不良でヒトとして積極的に動くことが叶わなくなる。脳神経トラフィック幹線を直接触われる重要な診断ポイントであり、脱ステ症状との相関を解って触診できれば、自他ともども随分と正確に現状把握ができるようになるだろう。

 残症状だけこうして書くといかにも悲惨に映ってしまうが、実はさすが10年もかけると『いよいよラクになったな~』と改善の実感を楽しむことの方が断然多くなっている。何にも気付かずに健康なつもりでいた脱ステ直前の自分より良好な健康状態になれていると思う。
 もう夜な夜な私をバラしに来る鬼さんたちはすっかりいなくなったし【1010】、眠ろうとして爆発音の幻聴を聞くこともなくなった【1012】
 胸も背中も心臓位置一帯にまだ赤み痒みがあるが、普通にしていたら別に気にもならないし、もう傷もなければ我慢できない痒み痛みも感じることはない。
 今年の春まで横隔膜の上が真空になるような感覚の不調も残っていたものだが、これも夏以降すっかり解決している。いずれ心電図に反映されるか確認してみたい【710】

 上述したうなじの結節の圧倒的改善は本当に有難く、もともとは断薬して1年半あたりに首が腫れあがったのが不幸の始まりだったと記憶している。この脱ステ10年を振り返って、最も痒み・痛み・倦怠感などの症状がきつくて慢性の重傷・重症で悩まされた部位というと、首だろうな。
 とにかく何かに例えようにも例えられない不快が、首の中から外から周囲から、生きている時間の全てを埋めてくる。不快感に苛まれるでもなく、不快感と二人羽織でもなく、その最悪の不快感こそが今の自分自身そのものだという狂おしい現実があり、逃げることも忘れることもできない。
 まあ鉛のテナガザルが首からぶら下がったり、鉛のセーラー服の襟が肩一面に乗っかったり、鉛のフルフェイス・ヘルメットを被せられたり、鉛のハンガーが体内で鎖骨に括りつけられたりといろいろ重荷パターンはあるのだけれど、この果てしなく嫌な重量感にのしかかられるにあたり、ちょうど乗り物酔いの酔い始めのような、粘度のある不透明な雰囲気でまとわりついてくるような不快感の背景が常在するのだ。
 急に口数が少なくなって、遠い目線で溜息と生あくびを繰り返しつつ、だんだん口の中が酸っぱくなってくる、まさにあの感覚そのもの…でもないんだけど、逃げられない不快っぷりの空気感を例えるとするとコレかなあと思いついた。言ってしまえば酔い始めの方がよっぽどマシである。
 私のケースでは、そんな不快感地獄が概ね消失したのは昨年の満9年時点。人生年表の丸9年が産廃のような灰色になるのは正直結構な負担だが、これだけ壊れておいてほかって治るのだから贅沢は言うまい。

 順番が前後するが、断薬して最初の1年は阿鼻叫喚の全身ボロボロ壮絶バトルとなり寝食するので精一杯、そこから3年目あたりまでは、目を醒ましたらまず顔の手触りで『今日は人目のある所に外出できそうかどうか』を確かめるところから始めていたのだから酷いハナシである。起き上がってちゃんと立とうとすると脇や手足の関節の内側が切れて傷が開くので、歴史の教科書の原人最後尾の姿勢で歩かざるを得なかった。
 『ワタシは歩く変死体』の自虐ネタをかましつつ、道を歩けば巡回中のパトカーにじろじろ見られていた時期であり【364】、そのぐらいの遠目で判るとなると新興宗教の勧誘も群がってくるワケだ【382】
 医学的に現状を分析する知識があって、辛抱の断薬放置で改善する確信が持てていなければ、とてもほかって治るに任せる自己判断ができるものではない。ほかって治る人がほかって治す判断が正しく下せるようにするために、何かいい考えはないものか。

 途中かぞえきれないくらい『もしかして、やっと出口か』と勘違いしては奈落の底に叩き込まれる絶望を繰り返すのだが、4年半から満5年を目前にしたころ内部から頭脳回路をメチャクチャに破壊され、頭の中が割れた基板とちぎれた配線のガラクタ廃墟になった時は本当に厳しくて、この節目症状は私から他人へ脱ステのアドバイスをするにあたっては外せない難関チェックポイントとなっている【621】
 外気温ひとケタの真冬でも擦りむいた顔面を直火で炙られるかのような焦熱感とともに、滝のような汗が噴き出してはボタボタ滴下し、服の襟周りが絞れるほどびしょ濡れになる。その苦痛もさることながら、これはこれで見かけがヤバ過ぎて一般社会空間に出て行けず、特にお店や施設に入れないのでタイヘンに不便した【680】
 この発汗痛を伴うホットフラッシュは長い時間をかけて非常に緩やかに収まっていく症状であり、10年経過時点の今でも顔や首がふわっと熱を帯びて汗がじわり、ぐらいはちょくちょくある。この10年目で一般社会との擦り合わせにまずまず困らなくなった感じだろうか。

 電子メールがまともに読めなくなったり、出掛けて普通の道順を歩けなくなっていたのも【641】この時期に重かったように思う。自分の人格の記憶が一応維持されるからか、性格のまるで違う別人にまではならないにせよ、相当ヘンな人間にはなってるんじゃないかな。まあ脱ステの迷惑は掛け捨て、他なんか気にしてられるか。
 今オレぶっ壊れてんだからしょうがないよー、スマン!で終わらせる横暴キャラが板についてない品行方正な皆さまには、それこそ一番に精神衛生としてのメンタル潔癖を、意図的に捨て去る腹を据えていただきたい。ヤクに狂わされた見苦しい自画像に10年でも観念して収まって、それでも破滅せず通り抜ければ通り抜けたもん勝ちである。

 うむう、困りましたね…
 いまヤク抜き乱闘フェーズの真最中にいて、全身傷だらけになりながら渦巻く苦痛と不快感の時空間に翻弄され、目前のディスプレイをぼーっと眺めるぐらいしかできない人を、少しでもラクにして差し上げたいのだが、語り始めると無限に書き続けられるぐらいの情報量があって的確で効率的なまとめにならないや。
 手続きも課金も一切ナシで、ネットさえ繋げばいつでも見れる実用情報が切実に必要なのは間違いない。でも上手い現実解を思いつけない。どうしたものか。

 こんなややこしい目に遭わずに済んでいて今回が少々退屈だった方は、とにかくその当たり前を財産として大切にする目的意識で、健康管理にお気を抜かれませんよう。
 何より凄絶バトル中の方、くれぐれもお大事に。どうか御幸運を!
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