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【600】聖夜のプレゼントは近未来絵図テクノロジー [ビジネス]

 クリスマス・イブに600回記念の巡り合わせというのは、めでたいのかなあ。まだ100点満点の絶好調を謳歌できないのが悔しいが、思えば5年前のクリスマスは大腸癌の可能性に腹を括って過ごしたのだ。
 何にも知らず謎の消化器失調と泥のような倦怠感に苦しみ、とにかく憶測しても外すだけなのでまず現実を確かめようと、下部内視鏡の予約を入れて検査の日を待っていた。姉を見送った翌年でもあったので、つい余計な心の準備をしそうになっては『事態の見定めが先』と自分を戒めたものである。

 悔しい現状は認めるとして、あの日に比べりゃあ、いろいろあるが夢のような今日の日だ。
 もしもさっさと完全絶好調の自由全開に駆け回れていたなら、ここの更新ペースも内容も、もう少し違っていたかも知れない。神さまのお告げは『おヌシ、いま暫くこっちにチカラかけろ』ってことなのかね。

 さて申し訳ないが忘れないうち、ちょっと経済の話に戻させていただこう。
 日銀の素人クロちゃんが、先日ビットコインの近況を指して『異常な高騰』とムダ愚痴った。
 おいおい異常じゃなくて、これは先日の税改変を含む政策方針のボロさが大いに嫌われ、『日本円以外の経済活動ツールに向かって大移動が起きつつある』という自然な現象と見るべきだろうよ。
 異常なのは、オマエんちがデタラメなイジリばかり入れる日本円の方じゃねえのか?

 単純なハナシ、軽減税率や法人税に絡めた賃上げ強要なんかを今すぐやめれば、多少はこのビットコイン高騰が緩慢になるはずである。ただ完全に収束することはないと思う。
 これまで負債が嵩むだけ嵩んだ超・粗悪財務を前に、もうプライマリーバランスの黒字化なんか投げ出して更なるアンフェア税制を強行すると発表したため、うずたかく鬱積した市場の不安が、別系統の経済空間になだれを打って脱出する実行動に走り始めてのことだからだ。
 せめて誰の目にも『本気で日本円負債の解決に向け心を入れ換えた実効解』と映る大転換政策が始動しない限り、ビットコイン高騰に始まる日本円信用のほころびは拡がっていくことだろう。こんなもの、ほんのきっかけのひとつに過ぎない。
 手を打つべきは仮想通貨ではなく、見捨てられつつある日本円と日本国政だろうが。

 ところで、日本経済市場に大きな影響を及ぼすとされる大企業は、実は国費で経営を守ってもらえる場合があるのだ。
 どんな原因がどこまで特定されているかにもよるが、安定しているはずの大企業が経営難に陥った事実をもって、投資家たちは『日本経済の低迷』と読み取って資本を引き揚げてしまう。稼動環境の悪い日本企業の株を売り払って、他国企業の株に買い替える動きになり、日本企業は総じて資本力を失うことになる。これは国内市場の不況につながるので、国費で資本注入となるワケだ。今はここまでで結構、お解りかな?
 だがくだんの大企業のそもそもの経営体質が粗悪なケースでは、でかいだけのダメ企業を国が食わせる構図になり、これがしばしば『ゾンビ企業』と揶揄される国家経済のお荷物となる。助けたり助けられたり、その判断をする役人との関係も普通でなかったりするんだろう。

 こういった事情を下地にして、バブル崩壊以降の日本経済が想定外に長期かつ深刻な不況続きとなっているため、いま東証1部上場企業の実に4社に1社の割合で、『公的マネー』が筆頭株主になっているという【474】
 筆頭株主は、もちろん企業の経営に対して発言力が大きい。ま、そういうことだ。

 日本国の生産力を立て直す操作をさぼったまま、力を失くした生産現場に国費だけ押し込み、出資と引換えに経営を牛耳り言論を封殺して、今度は押し込んだ国費を無理に吐き出させて、市場の好景気を演じたい。
 そのココロは、好景気なんだから増税する理屈が立つ、還暦公務員の新設もできる。
 こういうことを思い付くヤツらが未だに『日本円をいっぱい持ってるヤツが偉くて強くて、日本円さえいっぱい持っていれば生活が充実して満足感と優越感に浸れる』という情けない動機から抜け出せないでいるから、日本円の国家財務が今みたいなことになった。
 遥か以前から、このどうしようもない時代遅れの我欲が国内外のプロ投資家に見抜かれているのであり、場当たりの経済指標操作や煽動目的の景況感デマ流布なんぞ効くと思う方がどうかしている。
 くっだらない一方的な愚痴で何か起こるとでも思うのか、だからドシロートだっつーの!

 ちょっと前、最新のコンピューター・ゲーム作成手法について話を聞く機会があった。
 仮想空間内で人物たち生物たちが衝突もせず歩き回っているのは、人工知能プログラムを仕込まれて作成者の手を離れ、衝突せずに歩く自己練習をさせられたり、間違えた動作にダメージを与えられ躾られたりしての、各自の習得結果なのだという。仮想空間はもう早々にそこまで達している。
 また自分たちゲーマーキャラクター以外のエキストラさんたちだが、彼等は自発的な判断で机を囲んで会話していたりドアを開けて中を覗き込んだりしているのではなく、実は机やドアに『アンビエントAI』が仕掛けられており、設定半径内に近寄って来たエキストラさんは机やドアの意志に捉えられ操られて、会話や覗き込みの動作を『させられている』らしい。

 へえ~なるほど、まあ面白そうな広告や雑誌の表紙におびき寄せられて、しげしげと読んでいる私もそんな感じだからなあ。自分で広報チラシや発表スライドなんか作る時も、そこに自分の分身を仕掛けておいてトリガーアイテムで他人や自分の目を引いて読ませ、人間の行動を従わせるスタンスだよなあ。
 カンの悪いヤツには教えるのに苦労したもんだが、AIゲーム世代はこれが得意どころか、我々オッサンが想像もつかない新時代の働きかけのコミュニケーション感覚を持ってるんだろうな。最近の子って意外とプレゼのスキル習得がスムーズで早いイメージがあるけれど、もしかしてこのへんが効いてるのかも知れない。
 エージェント・アーキテクチャーと呼ばれる知的制御システムの設計概念や、仮想オブジェクトの進化を計算で自由展開させるプロシージャル技術など、人格相当の自律性の理解が『自我の芽生えに始まる、暮らしの中の人付き合いオン・ザ・ジョブ』でない人工舞台で構築されているのだ。
 だとすると幾多のゲームユーザーたちは、これらの産物にネイティブ育成されてるワケで…

 何というか、別次元レベルで意識世界の中の『俺さま』感覚が存在しないのである。
 ちっぽけな『俺さま』を全てに優先させ、見透かして迷惑がりながらも世渡りで調子を合わす周囲一同を道連れに、集団自殺に陥ってでも『俺さま』の横車プッシュに粘着する目的でしか動けない昭和ダメオヤジ文化は程なく居場所がなくなる…いや、是非の判断の外側に消える日が近い。
 そんなもの最初から蚊帳の外の世界観が、すぐそこで最先端の社会フェーズとして急速に組み上がりつつあり、時が来れば出来上がった新しい方へ一斉乗り換えで社会風潮が進展する可能性を感じた。

 そうそう余談だが、私はあのファミコンのH型みたいなコントローラーさえ、過去に手にした回数は恐らく5回以内で、総操作時間は3分いかないと思う。こ、これはもしかすると発言権なかったりして…
 まあ抗えない事実だし言い訳はしません。どうか御勘弁を。

 やれやれ結局、色気も飾り気もない内容でオワリ、しかも詰め込み過ぎたか。
 皆さまは5年後に思い出して、ああ良かったと思えるクリスマスを♪
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