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【1139】いぶし銀カクシャク大黒柱の耐久強度試験 [ビジネス]

 株式会社IWAKURAの技能レジェンド笠巻さんがぎっくり腰を引き際にいよいよ引退かあ。確かに機械工作など立位・座位で終わらない中腰の現場作業が主業態の仕事において、腰の故障率は驚くほど高い。腰は一回やってしまうと再発性が非常に高く、いわゆる持病のような定常負担になって、当人の稼働率ベースを深刻に落としてしまう。

 明らかな若者世代の目で『腰をやってしまった』という整体アクシデントを傍観するだけの立場からすると、健康で元気なはずだったしっかり者がいきなり想定外のポンコツ系故障に見舞われて、おやおやどうしたの?的なコミカルな笑いごととして片付けられがちだが、現実は全くそうではない。
 工員はもちろん、発生率は下がるが事務員も含めて、腰のトラブルは職場健康被害の圧倒的な定番上位を占める、極めて重大な職場生産力の劣化現象なのである。

 私の知る限り、たまたまの必要にかられて重量物を『えいっ!』と持ち上げるにあたり、その一発入力に降伏して腰が壊れるパターンはあんまりない。むしろ重量物らしきモノを何も持たなくとも、地面近くの低い位置に座ったり立ったり、しゃがんだり立ったり、中腰で一瞬以上の時間を断続作業したり、うつむいて作業盤を見下ろし続けたり、それが致命的な累積ダメージとして効いてしまっているイメージが強い。
 この類の姿勢が日常になっている職場において『腰の持病持ち』としての人生が始まってしまう年代は、私の知る限り30代である。
 若いうちは想像つかないかも知れないが、ある日ガタっと馴染んだ引き戸の戸車が外れるように、毎日開閉していた蝶番の軸がぽろりとすっこ抜けるように、何の前触れもなく事前の不調も無く、あっと思ったらもう現実が先行して、身体構造の組立機構が崩れるのだ。周囲に散発する惨状を目の当たりにして気付く頃には、逃げようもなく『自分がそうなる可能性のある年代』になっている。

 何とな~くだがティーンから20代にかけて肉体労働系の日課を過ごした経験のある者は、それほど凄い本業エキスパート域にまで行ってなくても、不思議と腰を痛めにくい傾向があるように見受ける。何か成長期に、特別な体格構築や適応性の身体制御を身に付けているのだろうか。
 私はスポーツマンではないし体育会系の部活をやったこともないが、中学生時代から体重の何倍かあるような超・過積載の貨物用自転車で新聞配達して小遣いを稼いだり、後に町工場では倉庫の荷運びまで交えた機械加工アルバイトをやったり、就職直後のバブル期には3ヶ月ほどにしても研修の一環として工場の繁忙ライン稼働も経験しているから、何だかんだで生命力ゾーンの体力構築は人一倍できていたと思われ、これがその後の耐久性地盤になっているのは間違いない。
 わざわざに体力づくりを意識して日頃からジムなんかでトレーニングしていても、もちろんその効果は確実にあるはずなんだけれど、日常ロードとしての軽負担が腰を壊すかどうかとは根本的に異なる要因があるような気がする。もっと泥臭い領域の初期準備の完成度が決定的なのではないかなあ。

 で、腰の故障がすっかりクセになっちゃった人によれば『何気なくひょいと荷重をかけた瞬間、背骨と背骨の間でぷちゅっと何か破裂して、生あったかいモノがぶわわあ~っと広がる感触があり、同時に腰がすこんと抜けてチカラが入らなくなる』と、聞いてるだけでこっちの視界がモノクロになって意識が遠のくような解説がなされたりもするのである。激痛で叫び声を上げるハナシの方がよっぽど爽やかだ。
 なるほど立ち上がって出勤のため自家用車に乗り込む段階から叶わず、朝の職場に『ゴメン、今日はアウト』の欠勤連絡を放って電話口の向こうで倒れる姿も想像ついてしまうワケだが、とにかく今の時代こういう知識が無いがために、人生一度きりの成長期を活かし切れずにただやり過ごしてしまう事例は数多いと思われ、若い人たちには今しかできない身体構築をがっちり固めておいて欲しいと切に願う限りである。
 平成すぐの頃に『3K=汚い、キツい、危険』と前時代扱いで軽々しく邪険にした負荷環境は、人生後半の健康ポテンシャルに想定外に効いていた。潔癖症のひ弱な洗練ニッポンが再考すべき事実だと思う。

 ともあれヒトが自然環境を生きて進化してきて、その姿勢や動作モードへの遭遇率があんまり無かった、それこそがカイロプラクティック系の重大故障を引き起こす『意外な真相』なのではないだろうか。
 ようやくその被害が顕在化した折には修復困難なまでに重篤化しており、発覚後はもう標準的な業務能力ポテンシャルを下方修正して過ごしていくしかない。

 例によってちょっと横道だが、いま御存知の通り体力育成のトレーニング方策としての『うさぎ飛び』は絶滅している。しゃがんだ姿勢からわざわざに屈伸で跳躍を繰り返すような負荷モードは他に存在せず、むしろ特殊な荷重による事故や妙な部位の故障の方が心配で『しんどいこと、つらいことに耐えて課題をクリアする』という精神面の鍛錬ぐらいしかメリットが見出せないとされるからだ。
 汗水たらしてるのに自然な身体稼働を強化するような動きになっていないのは、つまりどこもマジメに鍛えていないという理屈である。言われてみれば、確かになあ。昭和世代はみんな一生懸命に励んだものだが。
 ただ私は、うさぎ飛びで深刻に身体を壊したハナシも聞いたことがない。苦難の課題としてわざわざにでも取り組まない限り他でまずやらない動作なら、『ヤバい』と思ったらそこで緊急中断するんだろうし、そこまで思わなければ手抜き足抜きのズルで苦痛の緩和に走るのが人間というものだろう。
 『うさぎ飛び』は確かに不自然な負荷を強いる非・スポーツ学的な古式鍛錬術ではあるが、だからこそ何かのペナルティ概念を『カラダで覚える』ための強制使役としては、あながち否定するだけの習慣でもないのではないだろうか。

 …ってところで本筋に戻ってきて、マジに喰らうとヤバい負荷に対して『ああやだ、しんどい、つらい、ギブアップ!』を検知できるかどうかが自己健康管理の重要ポイントであり、実は案外と危険な負荷に限って相応の危機感や嫌悪感で検知できないものだというのが、私が半世紀余の人生で得た教訓である。
 少々タイヘンでも、それがタイヘンで、一刻も早く開放されてせいせいしたい…ってのは、みんな本当にそうするから限界を越えないんだよ。逆に、あんまり負担感や苦痛を感じない負荷モードの中に、一定確率で『生物として不自然な作動状態』が潜んでいて、それは不自然ゆえ危険を検知する仕組みが自然のなりゆきとして完成されておらず、だからこそ重大事故の落とし穴になりがちなのだろう。

 とにかく腰のトラブルはほんっとに多い。一度やると持病化して本人も辛いし仕事もまわらなくなるし、まずは『立つか座るかどっちかにする』心掛けには組織を上げて取り組んでいただきたい。職場や、企業や、業界や、社会全体レベルで、必ずや生産活動の業績に有意差をもって効いてくるはずである。

 日本社会の健康保障制度が世界随一の優秀なシステムであることは何度か述べたが【836】、これはもちろん日本社会の医療機関を国民誰もが安心して最大限に駆使できるところが有難いのであり、健康被害の現象そのものを一瞬で解消して元通りの健康にしてくれる魔法の完治術では決してない。
 どこに何の理屈や解釈があろうが健康被害は、やっちまったが最後その損害を受け入れてナンボ改善という展開でしかなく、つまり最初からやっちまわないようにして損害を未然に抑えないと、日本社会の生活財務の改善は叶いませんよということだ。生まれ持っての素の健康こそ国家と国民の至高の財産だと、厳に心得るべきである。

 若い人たちは試験・受験のシーズンが過ぎたら、とにかく歩き回って動き回って、生き物として少しでも自然に感じられる生活稼働の習慣を工夫し、長期的にそれを平常にする努力の意識を持ってみよう。
 若くない人たちは、来るときゃ突然来るので油断なきよう。お互いにグッドラック!
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