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【1118】見えない伝説の妖怪との知的会話術 [ビジネス]

 そうか、水島学生は操縦操作に夢中になって管制指示を聞き落としたんだな。そのあと柏木くんが『水島は複数のことが同時にできない』と解説を入れてくれてたんだ。
 聞き逃してたよ。土曜日の週刊ファスト版(?)を見ていて理解が追いついた。

 前週、大河内教官の着陸特訓の座学で『失速』について触れていたのでその話から。
 飛行機の翼の断面は、基本的にカマボコとひとだまを足して2で割ったようなあの形状をしている。で、ちょびっとだけ前縁側が持ち上がっていて、まあビミョーにサーフィンっぽく正面から来る空気に乗り上げる角度がついているワケです。これを『迎え角』と呼ぶ。
 …ということは、何か翼を押し進める推力が無いといずれ前進できなくなって飛行機が止まってしまう。どんなに高性能のグライダーでもほんの少しずつ重力に引かれて降下しており、緩い緩い坂道を滑り落ちながら、徹底した抵抗の低減と揚力発生の効率で長く長~く滑空し続けているのだ。

 飛行機の操縦を間違えて機首を上向け過ぎると『自分の推力では戦えない空気の上り坂』に乗り上げる形となり、飛行機は前に進めなくなる。造りの悪い紙飛行機が頭を上向けては進めなくなって、カクンとおじぎして落ちて、でもまたすぐに頭を上げてしまうパターンがあるが、あれがまさに『失速』だ。
 翼は上面・下面に沿って綺麗に空気が流れてくれるからこそ揚力を発生するのであり、迎え角が付き過ぎると腹面でブルドーザーのように空気を押しのける一方、背面は押しのけられたあとが真空になる訳には行かないので、周囲の全方向からデタラメに空気が殺到してきて乱流が巻き込む形となる。こうして飛行機は翼断面が斬り進む方向に行けなくなって前進が止まり、重力に引かれてカクンとおじぎするのだ。
 紙飛行機ならば機首を重くし、重力に引かれて前進方向に滑り落ちるパワーを強くしてやれば改善する。

 実際の航空機の場合、着陸時にはまず機首を上げ失速しないギリまで速度を落として接地したい。また荷重満載の大型旅客機などは機体重量を主に支える主脚から接地させないとヤバい。だが大型機が着陸態勢で失速したら回復できず大事故を起こす可能性もあるので、あの手この手のサポート技術が開発されている。
 離着陸で一連の『高揚力装置』が活躍するのを見た方は多いだろう。主翼の後ろ半分なんか、びっくりするぐらい後方に伸びて主翼面積がでっかくなり、さらに窓のブラインドのように多層スリット構造にもなって、翼背面に気流を追従させながら腹面で気圧を受け止める仕組みがよく見える。

 機種によっては主翼の前縁側も分離して前方にせり出しスリットを開ける可動構造を備えており、このタイプは迎え角の限界が高く、着陸態勢の早期から低速で迎え角を大きく取ることができる。
 何年か前に国内線パイロット数人と世間話する機会があって、この前縁フラップを備えた機種に比べると、無いタイプの機種は滑走路に頭を下げダイブして突っ込んでいく感覚が顕著でちょっと怖い…という話を聞いた。そんなに有意差があるのか、ならば軽さイノチの飛行機にわざわざ作動信頼性まで保証して前縁フラップを搭載するメリットは十分理解できるなあ。
 へええ~乗客1名として薄らぼんやり乗せてもらう立場からは、つゆとも知らずに羽根の機械仕掛けを眺めて喜ぶだけでしたわい。スイマセンでした。

 因みに、こんな手の込んだ仕掛けまで造り込むのは、改めて『翼の表面に沿わせて綺麗に空気を流すため』である。
 古くから飛行機乗りが恐れる『グレムリン』という妖怪について、子供の頃モノの本で読んだ。飛んでいる飛行機に突如襲い掛かり、翼やプロペラを壊して墜落させることもあるとされる。今ちょっと調べると飛行機に限らず機械に悪さをする妖怪だそうで、大英帝国発の伝説らしい。なるほど産業革命の機械文明発祥の地ということか。
 元々人間の発想力を助けたり職人の手引きをしたりしていたが、人間が彼等に敬意や感謝の心を忘れてないがしろにしたため、反発して悪いことをするようになったらしい。科学や力学、技術、気象学、工学、航空工学に詳しいのだという。あら仲良くなれそうだわん、いっぺん飲みに行きたいねえ。

 まあいいや、このグレムリンくんだが、複数の本で『科学の発達した今の時代でも、パイロットたちが固く信じて恐れている』とする解説を読んだ記憶があるのだ。当時は『ふう~ん、飛行機は墜落の現実的リスクがあるから、現代のパイロットの間にも迷信めいた漠然とした危機感があるのかな』ぐらいにしか思ってなかったんだけど。
 後にいろいろと知識が身に付くにつれ、これは恐らく過冷却水による着氷事故の危険性を警告する注意喚起の言い伝えなのではないかと考えるようになった。よってパイロットが遭難のジンクスとして信じる妖怪グレムリンには、出現しやすい特有の気象条件がセットになって伝承されていると思われる。

 過冷却水とは『氷点下の水』のことだ。え?零度以下だと『氷』じゃないの…?
 別に特殊な実験室のような慎重さ精密さは必要なくて、コップでもペットボトルでも、水を汲んで静かに氷点下の環境に置いておくと過冷却水になる。この段階で、温度は零度以下の『液体の水』だ。
 これをちょびっと揺すったりコツンと衝撃を与えたりすると、みるみる固体に固まって『氷』となる。水分子H2Oは『一方が正極vs反対側が負極』の磁石のような特性を持っており、コップやペットボトルに汲んでそお~っと冷やすと乱雑に積み重なっているのだが、ちょっと衝撃を与えると正極と負極が連結器のように引き合って、次々と規則的な『氷』の結晶構造が組み上がるのである。
 測温点位置や静穏設置の事情にもよると思うが、私がかつて蓄冷剤の検討実験でそろ~っと水を冷やした時は、確か実測マイナス8~マイナス12度ぐらいまで過冷却水でいてくれた【929】
 因みにこのまま構わず冷却を進めると、さすがに衝撃ナシでも勝手に結晶構造が組み上がるのだが、その過程で凝固熱が発生するため、冷やし続けているのに右肩下がりだった水温グラフはその瞬間一旦零度まで急上昇する。そしてそこから再び、今度は氷として再び氷点下の温度域を右肩下がりに降下していく。こうなった先はもう冷え続けながら、安定した固体としての氷の物性で振舞うのみだ。

 空中でもそお~っと吹き上げられながら氷点下で育つとこの過冷却水滴の生成が起こり、飛行機がその空域に突っ込むと機体に衝突した瞬間にその衝撃で氷結するのだ。あっという間に翼は翼面形状でなくなって揚力を発生できなくなるし、プロペラは軸対称のバランスも狂ってまともに回らなくなるだろう。自機の翼やプロペラの目視確認が難しい機種など、いったい何が起こったのかも判らないまま敢えなく墜落するケースはあったと思われる。
 寒い地域の古いアパートの洗面台などで、水道の栓を開けると一筋の水が流れ落ちて、その落下点からみるみる積み上がって氷の山が成長していく現象なんかもこれだ。水道管の中で過冷却水になっていて、シンクに落ちた衝撃で氷の結晶構造ができあがっていく姿があれである。

 なおこの過冷却水が地表に降り注ぐと『凍雨』と呼ばれる過冷却水の雨となる。
 送電線で氷結すれば重量と空気抵抗の増大により断線事故の原因になるし、洋上の船舶の場合は水面高以上に重心が上がってしまい転覆事故の原因にもなるという。とにかく遭遇したら簡単には脱出できないし、雨の当たる箇所すべてにえらい勢いで着氷していくため始末が悪い。
 飛行機の主翼の前縁に電熱線を入れたり、ゴムブーツを被せて空気で膨らませて氷を砕いたりという試みもあったらしいが、氷を融かすほどの電熱線も発電機も、氷を砕くほど柔軟なゴムブーツも、現実的なデバイスとして飛行機に載るとはあんまり思えない。どんだけ実用対策になったのだろうか。

 フロリダやテキサス南部などメキシコ湾岸から飛行機に乗ると、有視界飛行でダルマさん以上というかコケシぐらいの縦横プロポーションの雲が林立する中を、右へ左へかわしながら飛ぶようなシチュエーションに時折遭遇したものだ。雲の柱越しに高度違いで同じように飛んでいる他機も見えて面白い。
 これが確かに地上で出遭うとガチで滝のように猛烈な熱帯性スコールになっていたりもして、私は喰らわなくて済んだのだが、時として物損や人身の被害を出すほどの雹(ひょう)にもなるのだから、なるほど雲の中はタイヘンなコトになっていてパイロットにとっては命に係わる重大リスクなのである。前回のフロリダ回顧に続けてこんなことを思い出したので、この機会に消化しておくことにしました。

 久々に熱を出しちゃった舞ちゃんはどうやら大ゴトにならず訓練に復帰できそうな感じだが、何のスキルがどれだけあっても健康を損なうと全てが台無しとなる。いわんやそれが学習過程となると、向き合った現実を率直正確に感知し体験し記憶し、スキル構築して我が身に定着させないと意味はないため、被害は甚大だ。
 特に空に上がっちゃうとキホン誰にも助けてもらえないし、自分で自分のことが見えなくもなるから、やっぱり相応の能力と覚悟と健康管理が必要なんだろうな。

 何はともあれ飛行原理を失うと、まさに打つ手なしで落ちるしかないのである。
 物事の原理は正確に理解し、その成立を死守する以外に生存できる道理はない。
 無能サル山を欺く余計な浅知恵や言い訳などシカト放置で、今週もグッドラック!
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