SSブログ

【719】組織ニッポン昔話の対象学年 [ビジネス]

 情報化以前の社会の話をもう少し。視界の果てが組織管理の到達限界だった時代だ。

 日本列島は、地球上に類稀なる条件が重なり合ってできた奇跡の島だと述べた【404】
 適度な温湿度レンジで周期的変動を繰り返す四季、潤沢な降水がもたらす豊富な淡水、暖流・寒流が出遭って魚を連れ込んでくる近海などなど、我々日本人は滅ぼしあい強制しあうよりも、身を寄せ合い協力し合うことで生存確率を上げ、その歴史を織り重ねて現在に到る。
 この幸運な事実は、語れば微笑ましくも誇らしく響くのだが、迫りくる自然のチカラと対峙して文化社会を切り回す厳しさが免除されていた訳ではない。人間一人として生きながら、集落で一致団結して様々な環境負荷と戦うためには、個人意識が要求する『自己優先』と組織参画が要求する『自己犠牲』が二律背反する場面など日常的に発生する。そんな局面で『組織参画』の方を選択するメンタリティが生き残って、日本人のDNAに紡がれてきたのだ。

 今でこそこの世の教訓を牧歌的に説いてくれる日本むかし話だが、遡るとこの地で日本人として生き残る知恵の情報ストックがその起源である。当時の現実は一体どんなことになっていたのだろうか。

 飢饉に見舞われたある山村で、どうにか採れた僅かな農作物を共同管理の蔵に保管していたそうな。ところがある日、そこからなけなしの小豆が忽然と消えてしまった。まあ暮らし向きからして、分厚い扉に頑丈な施錠なんてことにはなってなかったんだろうな。
 そして村はずれに住む、小さな子供を抱えた若夫婦に疑いの目が掛けられたのである。村民に招集がかけられ、その家族は公衆の面前で自白を迫られることとなった。
 まだ小さなその子は直近の食履歴を問い詰められ、『赤いまんま食べた』と答えてしまう。

 赤い色の食い物、やっぱり!集会の場は一気に断罪に向かいかけるのだが、ここで夫婦はその我が子を絞め殺し、腹を裂いて村民に公開したのだという。そこから出てきたのは、赤いカジカ蛙だった…

 言葉を失うばかりの凄まじい話である。当時こうでもして社会組織の信用を繋ぎ留め、集落に帰属し続けなければ生き残れなかった。水を引き田畑を耕し、種を撒き収穫して、自然の脅威に怯えて祈り、神々を畏れて祭り、どれも一人じゃできないから力を合わせて組織力で成し遂げながら、懸命にイノチを繋いで暮らしていた組織生命体の素朴な姿だ。
 こんな社会においては、読み書きの普及も無ければ文書の概念も無いだろうから、共同生活を維持するための規律は語り継ぎあるいは不文律みたいな『組織生命体の記憶情報』が、ヒト対ヒトの自律式信頼関係という『組織生命体の健全な体内通信』を介して共有され、それでこそ複数人稼動の共同作業が成立していた。故に組織を裏切った者は、『村八分』のようにこの上ない絶対性をもって交際断絶とされたり、それで組織にとって後々の危険や不安が避けられないと判断されるケースでは、恐らくは死刑にまで処せられていたのではなかろうか。
 社会組織の自我を裏切り社会的信用を失くすというのは、本来生死に関わる大ゴトなのだ。

 我々日本人にとっていつも『社会組織の自我』こそが真の支配者なのであり、それに対するDNAレベルの分担意欲と服従心が大和民族の特色であると言えるのではないだろうか。日本列島が豊かな島であることは、そこで人間がただラクをして面白おかしく安穏に暮らせるということではないのである。
 私が小学生の頃に読んだ本なので出版はもう40年以上前になるはずだが、『十三湖(じゅうさんこ)のばば』というタイトルの児童文学書がある。津軽半島の農村に生きる老婆が人生経験を語ったバイオグラフィで、息子が大東亜戦争で出兵し戦死した話も出てくるので、早くて明治末期に始まり戦後復興期あたりまでのことだろう。家族を次々失いながら東北の苛酷な自然を生き抜く住民の生命力の気迫が、子供心に重く深く突き刺さったものだ。もし今もどこかで読めるなら、ぜひ御覧になっておくことを勧める。

 世界的にも突出した我々日本人の君が代DNA組織力は、当然それなりの環境負荷のもと鍛えられ育まれてきたものであることを確認しておきたい。一朝一夕に狙って作れるものではなく、だからこそ国際社会において他を寄せ付けない競争力として活用できる素晴らしい民族性なのだと思う。
 ここまで理解したら、多民族を節操なく日本社会に同化させようとする移民政策や、真実を偽り邪心を隠して社会の生産成果を我欲でがめようとする税制改悪が、国力をケタで落とすほどの国家破壊工作であることが簡単に理解できるだろう。
 かつての民主党政権は、まず未熟すぎて政党としての組織力が形成できなかったことと、青臭すぎて役人組織の嫌がらせになすすべなく屈服してしまったことが敗因であった【691】
 『やるべきことがきちんとできなかった』失敗はあったが、『日本人として絶対にやってはいけないことを強行する』犯罪行為はなかったのだ。悪夢はオマエだよ、世襲のド糞ガキが!

 さて第二次ダメ政権というぐらいなので第一次があった。まだ組織認知症が今ほど重症化しておらず、立法・行政・司法に跨るような組織性の破壊工作が今ほど顕在化していなかった時代である。
 当時を振り返るに、政権の不祥事といえば個人あるいはウチワ少人数で上手くやったつもりの不正なカネ儲けがバレて、まだ権力の監視・追及役の本来機能を保っていたマスコミに集中砲火を浴びせられるパターンが一般的であった。
 確か農水大臣やってた乞食オヤジが小銭くすねて摘発され、追い詰められた挙句に議員宿舎でぶら下がってしまい、テレビの緊急テロップでその第一報が流されたのを記憶している。これに留まらず実に次々とくだらない背徳の不祥事が連続し、統率力不足を指摘する連日の報道に蜂の巣にされた世襲のガキは、体を壊して突然の辞任宣言と相成ったのである【49】
 いま思えば、日本社会からの信用失墜に怯えてぶら下がったりストレス降伏したり、アイツもコイツも随分と日本人としてマシな神経を残していたのだ。

 ま、そんなこんなで民主党政権への交代が訪れ、その民主党政権が行き詰まり、世襲のガキが野田佳彦相手に大ウソ八百の公開啖呵を切って見せたりもして第二次ダメ政権が始まった訳だが、その頃には日本の国家運営層がトシ喰ったぶんだけ老衰が進み、患者組織が出来上がるほどに組織認知症が蔓延していた。組織を険悪に故障させ本来なら自分が組織から追放されていくはずのボケ老人が、同類同士で数を集めなんと『組織破壊志向の組織力』として群れ始めたのである。
 キホン終身就業で業域を牛耳る役人組織の古株が黒幕となり、公務全域で自分ら都合にだけやりやすいよう便宜を図ると共に、時に司法領域では殺人事件まで見て見ぬふりで人治スルーしながら、時の与党議員を好きなように使い捨て『役人帝国』を執拗に仕込んでくる【690】
 この自爆テロ痴呆老人集団は、『日本国』という日本人にとって最大多数の自然組織枠を前に、歴代日本人が命懸けで守ってきた畏敬の念と仲間意識をもう思い出すことができず、前途ある若年層を巻き添えに自滅しようとしているのである。

 ひと昔前なら贈収賄を絡めたガッコ建設の不正決裁が発覚したあたりで、道化をしくじった役立たずの使い捨てピエロが官邸の便所にでもぶら下がって一旦シャンシャンの違う展開になっていたのかも知れない。だが組織性生物としての日本人DNAロジックが完全に失われる組織認知症はそのへん可愛げのカケラも無く、ひたすら無慈悲に壊れて誤作動を繰り返すため段違いに手強い。
 とはいえ高齢化日本国の発展的な未来のため、こんな悪質な老衰個体にも、どうにか平和的・人道的措置の現実解を用意せねばならない。諦めて済むハナシではないのである。

 まだまだ応援を続けるのでしっかり頼む、野党たち!今を素通しするとツラいぞー。
nice!(14)  コメント(0)