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【680】体育会系メディカル化学実験の報告書 [ビジネス]

 また台風が日本列島にガツンと来た。7月の西日本豪雨や、6月大阪・今月北海道の地震もあったから、今年はえらく災害が多いという印象は、決して気のせいではあるまい。
 ちゃんとデータで調べてはいないが、日本経済が大きくダメージを喰らっていることは想像に難くない。

 これ、現時点で『消費税率は据え置くべき』の判断を下すのが普通じゃないのか?
 まあ総裁選も終わったし、次はネタ満載が明らかな党内人事と併せて話題にするか。

 ちょっと御無沙汰してしまったのが、満5年10ヵ月を迎えるヤク離脱である。
 先に明かしておくと、まだ完了していない。もっとも炎症熱は随分と緩慢になり、常人の領域に近づきつつある。もうキムチの画像を見ても扇風機が要らなくなったのは有難い【638】
 昨年の今頃、このまま回復できるかもと期待しつつ、突発的に嫌な汗をかくなあと気になっていたのを思い出す。それが実は新しい故障モードの凄まじく辛い離脱フェーズの始まりだったと、今だから解って語れるワケだが、その不便さはとんでもないもので、まあ人生年表に特記で残すくらい本気で困った。

 昨年末以降~今夏いっぱいを、ひと言で表すなら『汗の離脱期間』である。
 まず寒い季節からゴールデンウィーク過ぎまで、とにかく炎症熱と不快なあせも痛を伴う首・顔の発汗に襲われ続けた。真冬なのにじとじとのタオルを首にかけ、5分10分電車に乗るのも躊躇したものである。びしょっとした真水のような汗が、まるで短時間発汗量を目的にするかのように噴き出すのでこうなる【599】
 やがて梅雨が明け険悪に不快なあせも痛は収まるのだが、この頃からしばしば単発的に、乾燥すると強いミネラル系の臭いがする不思議な汗をかくようになった。腐臭・汚臭ではないが決していい臭いとは言えず、ダシ汁に酢を垂らして錆びクギを煮詰めたのではないかと思うような異臭だ。湿ると収まり乾くと強まる傾向があると思う。
 この汗は、9ボルト電池の電極を短絡で舐めたかのようなピリッとした刺激が舌に刺さる『電解質感』があり、恐らくは体内から相当量のミネラル成分が排出されているのであろう。

 しばらくぶりに元素の周期表を思い出してみようか。もう暗記しているからソラでお付き合いいただけるはず、ついでに左端の1A族は最外殻電子を放り出したくて仕方ないというイオン化傾向の話も再回想ください【669】
 この1A族にはかなりエッチのナトリウムNaが含まれている。食塩=塩化ナトリウムNaClが水によく解けるのは御存知の通りであり、これはナトリウムが最外殻電子ひとつを放り出してプラス1価のナトリウムイオンになりやすいためだ。ところで放り出した電子はどうなるのか。
 ふっくらブラジャーの塩素Cl=最外殻電子が魔法数8にひとつだけ足りない7個だから、コイツはどっかに電子が余った途端に見境なく喰い付く。魔法数8個の最外殻電子で満足できる、マイナス1価の塩素イオンになりたがりなのである。
 かくして、電子ひとつ捨てたいヤツと欲しがるヤツが念願かなって塩水ができていて、濃く作ると判りやすいが、舐めるとピリリッと電解質風味が感じられる。そうそう、ついでに塩水って通電しやすいことも思い出しておこうか。
 さらに、最外殻で電子がひとつ余るもふたつ余るも大差ないじゃんってことで、2A族でベッドに潜り込む彼女のカルシウムCaも同じ事情で、プラス2価のカルシウムイオンになりやすい。さあさ、みんなで仁王立ちになってやおら腰に手を当て、遠く斜め上を睨みながら牛乳いっぱい飲んで骨を丈夫にしましょ!

 …ってところで勘付いていただきたい。非・医学的なシロート短絡感も否定しないんだけど。
 この夏の私の不思議な汗は、『球体式戦略思考術』で提案した『代謝球』に照合して考えれば、身体のコア部分である骨格組織の離脱過程に由来する可能性があるのではないかと思うのだ。そして錆び釘=酸化した鉄だから、要は風化して傷んじゃった的な体組織の残骸金属化合物が一緒に流し出されているとも考えられる。
 とにかく普段以上にミネラル成分が出て行っているのは確実だろうから、意識してそれっぽい食材を多めに補うようにしておいて、がめつく好転の可能性を稼ぎにかかると。

 暑い夏はとにかく有難く、どしゃばしゃ汗をかいて電車やお店に飛び込んでも不気味で怪しい雰囲気にならない。いわゆる不潔感のある汗臭さとは無縁だし、ベタつきもせずさらっさらの汗なので、実のところ秘かに猛暑日が嬉しかったりもしたくらいである。
 ただしかし、金属製品へのタッチは厳重に御法度とならざるを得ない。故意でも不意でも、腐食が心配な金属に触れてしまったら、即刻に洗浄作業だ。パーツクリーナーのスプレーが大活躍である。
 また頭部の中心に近いためか、聴力ことに左側の聴力はまだ激しいモスキート音とともに工事が続いているのが忌々しい。三半規管内の水の粘性が変わっているらしく、大きく顔を振ると世界が余動でぐらつくような目眩もしょっちゅうである。
 だが顔の中で微かな電気刺激をチクチクピリピリさせながら浮上して来て、ちゃんと熱もって赤くかぶれて排出されていくからには、順調に代謝が進行しているのは間違いない。ならば、ま、いっか。

 以上、5年10ヶ月でここまで到達できた。不便は多々あるが恨みごとは言うまい。
 この冬もその先も、咳が長引く中途半端な風邪をひく心配は金輪際ない。傷はすぐ治る。
 あと表現が難しいが、体内情報ネットワークがオーバーホールされ、透明度高いファイバー結線をクリスプな高速通信が飛び交う身体になっているような気がする【628】
 まだ進展中、気分だけの問題かも知れないが、それでも価千金の収穫である。

 長らくサボっていたステロイド離脱の経過報告、とりあえずは概略クリアできたかな。連番で取り組むと閲覧数の伸びが凄い話題なのでもっとやりたいのだが、熱いうちに打ちたい他の社会系トピックが混み過ぎててなかなか叶わない。
 もう少し整理して、脱ステ挑戦を思い立った方の勝率を底上げする情報に整理できないものか、今なお思案中である。頑張ってる皆さま、どうかお大事に。
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【679】全日本・熱血バカの宣戦布告大セール! [ビジネス]

 あらまあ、今度はお相撲ですか…って、詳しくないんで遠目で静観することにしよう。
 ただ私のように相撲に全く興味の無い人間でも、ひと頃の若・貴ブームは明確に記憶に残っている。あの彼ら世代が業界運営組織の最若手になっていたところ、このほど突然スピンアウトしてしまい残党が大慌て、という感じで当たってるんでしょうか。
 まあ誰かが問題意識持って告発状まで書いて然るべき先に提出したとして、それを作成者本人に差し戻して『事実無根と認めないと廃業してもらうことになるぞ』なんて言ったら、そりゃイノチ取られるってんでもない限り、廃業の結末しかないと思うよ。

 外野の放言で申し訳ないが、『若手が旧来組織文化との共存を諦めた』パターンに見える。
 裏返せば、若手が形式的にでも旧来組織に居残っている限り、それは『未来の新展開の余地がある』と一応でも見えて思える事実根拠な訳で、実際これから本件がどうなっていくかは知らないが、なるほどその若手ホープが消えるとなれば組織として未来への継続性を失う大ゴトであることは確かだ。
 『ナニも、辞めなくたって良いのに』という声もあるようだが、辞めた本人としては手を尽しての判断だったんじゃないかなあ。感情的な突走りには到底見えない。

 ところで先週、偶然テレビで『アホと争うな』みたいなテーマをやっているのを見つけて、つい深入りして観てしまった。平和な日常生活を送る上での障害やストレスの種になるような迷惑な人種=『アホ』をタイプ別に分類し、その各々に対して、シャカリキに正面から組み合うことなくやり過ごす手段を逐一解説付きで紹介する…という内容である。
 現実問題として、世の中で出遭う『アホ』が数種類の対処パターンに帰結してくれて、マニュアル通りにムダな時間の浪費を抑えることができるかどうかはともかく、長らく組織について考え巡らせている私として気になったことがひとつ。
 これって、個人の気の持ちようとしてはストレス回避に役立つ側面があるのかも知れないが、組織スケールで見ると『他人を卑下する逃げ道ロジックばかり孤独に構築して、組織の問題を事なかれで放置する独善スキル』に化けてしまう要注意な側面も持っていると思う。

 組織が健全に作動するためには、ここでいう『アホ』に対して、わざわざに絡んでいってそいつ本人が望ましくない旨を面と向かって指摘し、時間と労力をかけて争い、勝利と表現するかどうかは別として、そいつの『アホがアホたる作動』を止めさせるところまで達成しなければならない。
 理屈としてだけなら、全員がアホと争わないスキルを習得すれば良いだけの自己責任にもなり得るのだが、大勢の人間で構成する組織だと、それは無いものねだりの理想像と考えて間違いはない。
 つまり特定の何人かが、厄介な人種との余計な悶着を器用にかわす心得、つまり要領の良い世渡りを覚えるまでで現実の壁に行き当たり、残り大半は『アホ』に迷惑し続け組織全体としては疲弊してしまう事態になる。

 ま、そんな疲れた組織体質にも満足し、我が身の無難をもって安住のゴールと受容れられるのが『世渡り上手』クンである一方、こんな惨状が可能性から許せず不屈の正義感・倫理観を奮い立たせて、頼まれもしないのにアホ撲滅の御節介を繰り返すのが『組織風土整備タスクチーム』なのかも知れない。

 世渡り上手クンは本人こそ効率的稼動で高い生産性を発揮するんだろうが、組織全体稼動の健全性管理には無頓着とならざるを得ない。例えば組織の自我が高齢化してあちこちから組織認知症を発症し、今ここで言うところの『アホ』と化し、自らの組織生命力を疲弊させ、世代の代謝を放棄し、老衰に向かう流れには無力である。個人プレーとしてはデキるヤツなのに、組織の業績が落ち目の一途を辿る幸薄いパターンだ。
 また世渡り上手クンには、既存の仕組みを平穏無事に立ち回って省力化を図るコンセプトの一面が必ずついて回るから、それが世渡りテクニックとしての表面的な演出の意味合いであるにしても、旧態依然のやり方に巻かれがちな原則は避けられないような気もする。本気の本気で、割り切りの独善として納得し切れなくなる心配をしてしまう。
 どんな相手とも争わずソツなく折り合う世渡り上手クン、そのうち何人も次から次へと罵倒する独り言を吐き捨てながら夜な夜な飲んだくれて、遂には人も羨むおのれの人格像と争いノイローゼに…なんてことにならなければ良いのだが。

 正しいとは言わないけれど、あんまり利口な人工文明式の理論構築に凝ったりせず、気に障ったなら障ったでケンカの一発二発ぐらいやらかして、たまにゃどこぞの組織からスピンアウトでもするくらいの元気を解き放った方が、若き地球上生物の稼動形態としては自然でマトモで健康的なのかも知れないぞ。

 おっとそうそう、たまに聞く『しばらくすれば古株は消えるんだから、今は大人しく我慢してれば良い』という論法は結構ポピュラーだが、これは明確に間違いである。
 若手も古株も組織を構成するイチ分子に過ぎず、この生命階層でどっちが何を腹に収めてどう振舞うかなど問題の次元が違う。最優先すべき目的事象は『組織の健全性の維持管理』だからだ。
 具体的には、いま古株により組織風土が腐っているなら、いま直さないと腐った組織風土は腐ったまま更新されてオシマイである。しばらく経ったその後に、かつての若手が秘かに夢見た自由で真白な空間は拡がっておらず、ますます腐り果てて直すに直せない『負の遺産』が盛り固まっているだけだ。

 スポーツの象徴性は、人間としての機能向上を追求し晴れ舞台で勝って讃えられるだけのモノではなかろう。素質に恵まれた自身の注目度を活かし、理屈抜きのわかりやすいカッコよさを纏って、頂点を目指す過程の姿・イメージから大衆の共感を引張る効果もガンガンに効く。
 ここでスポーツ各界から、組織の風土・文化と呼ばれるものの意識変革を日本社会に働きかけ、この腐って歪んだ国家運営を本気で叩き直す動機まで呼び起こせたなら、まさに国民総出で応援し支持するNIPPONブランドの本領発揮ではなかろうか。

 もちろん私は全てスピンアウト組を応援している。旧態依然がダメだからこうなるのだ。
 老衰ニッポンの巻き添えなんぞまっぴらゴメンの若者たち、今なら反旗を翻す理由と追い風は大安売りだぜ!
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【678】サイコの晩餐…いや昼だっけ? [ビジネス]

 さすがに違う話題で始めようと思ったのに、もう腹抱えて笑い転げちゃって、面白すぎるので急遽もう一回総裁選のハナシから。
 いやさあ、あの投票前にゲン担ぎで食ったカツカレーの数が合わないってやつですよ。

 得票数が329票しかなかったのに、世襲のガキ陣営ではカツカレー333食が出たという。
 自前329 + ビシバッチ73 =有効402票だから、定員全数の投票があったのなら、単純計算で総数405票のうち3票が無効票だったことになる。うち1票は白票を投じたっていう自己申告があったよな。この白票、恐らくはカツカレー食ってない。
 では残り2票がカツカレーを腹に収め、今こそケンポー改正に王手をかける一世一代の大仕事だと、涙で手元を見誤るわ、手先が震えて筆圧不安定だわで『安倍晋二』とか『安倍晋王』とかなっちゃって、不本意にも無効カウントされちまったものだとしよう。やる気満々だったのに、過失で加担し切れなかったのがこの2名だ。

 すると329 + 悲運の2 = 331食までは、忠誠心を確かめあった本人たちでたいらげたことになる。あと2食、白票でもなければ、悲運の無効票でもないのがいた。

 …って、いや、誰か思いっきり腹減らしてて2杯以上食ってたりしない?
 あと給仕さんがまかないながら秘かに御相伴にあずかってたとかさ?
 ここで『食い逃げ』というのどかな表現で騒ぐあたり、実にIQ高くツボを押さえてくれていて本当におっかしい。これが政治家だ政党だって言うんだから笑わせる、おなか痛いよ。

 可能性のひとつとして…ということにしておくが、『本心では反目しながら、世襲政権への忠誠を演じてカツカレー食ってた』のが最少2人ほど混じってたのかも知れないってことだろ?
 何故そんなことをしたかというと、正面切って反目を表明すると不快な目に遭わされる反面、偽ってでも忠誠を装っておけばその面倒が無かったからだろう。
 そう言えば『ビシバッチに付くなら辞表を書いてからにしろ』という脅迫が閣僚にあったとかなかったとか、あったんなら名前出せとか、世襲のガキがアホな応酬してたよな。ま、最初から答は判っていたが、事実は物語るってとこか。
 老婆心で進言しておくが、これだけ検証の流れが整合してくると『真数不明の反目者のうち、確定2件がカツカレーの食数で検出された』と捉えて物事を進めないと失敗するぞ。それ以前に、もう失敗してて遅いんだけど♪

 これ、私がバカにして面白がるかどうかから離れて、この329という得票数がそのまま自我を持つ組織一体となっては機能しないと見るのが正しい。『支配階級』のトクを餌にして群がったような質の悪い集団の、ボロい本質が垣間見えている感じだ。

 多人数の窃盗団や詐欺団などを摘発・確保すると、まず犯人どもの相互通信を遮断して、バラで事情聴取するというのはよく聞く話だ。
 悪事を目的にしてつるむ集団には必ず腹を割っていない人間関係が介在しており、早い話が表ヅラは仲間としてつながりながら、腹の内では私利私欲で騙し合っている。よって、それぞれ単独に引き剥がして個別に尋問していくと、各々が談合して手を打っていた成果やリスクの配分比率に、いろいろと食い違いが顕れてくることになる。
 これらの尋問を個別に記録し、適宜お互いに閲覧させてやれば良いのだ。『信用』とは言わないまでも、フカして装ってお互いの損得勘定を摺り合わせながら、辛くも集団をとりまとめていた共有の仲間認識はたちまち瓦礫の山と化す。
 こうなると、そもそも悪い事をした自覚は皆あるから、各自が思い思いに内情暴露で司法取引による減刑を狙いにかかる。捜査が進みやすいというワケだ。

 党内の国会議員層だけでこんな面従腹背の物的証拠が上がってくるからには、『自分らは国民1億2千万人を裏切るという悪事に手を汚している、でも一人だけいい子にはなれない』という自覚はあるんだろうな。まったくもって紛れもない犯罪者政権だよ。

 いま日本の国家運営における立法・行政・司法の機関横断型・犯罪者組織があって、数学のベン図でいう『犯罪者組織と、この政党の和集合』のところが要素数329となることが判明した。ゲタ与党などこれ以外の部分まで含めた犯罪者組織の総数は、千のケタまで行くのだろうか。
 仮に数千名の規模に及んだとしても、我々日本国民1億2千万と比べれば、実はヒト組織vsヒト組織としてものの数にならない。身の程知らずに1億2千万組織を裏切って、目論見通りその1億2千万組織が支配下に収まるかどうかは、考えるまでもなく判るはずだ。
 329名もいるなら一般的に若いと言われる年齢層のヤツもそれなりの数混じってんだろ?
 曲がりなりにも政治家を名乗るなら、未熟ゆえにチイチイぱっぱと金魚の糞になってぶら下がったその元を、いま一度見直して考えろ。そいつらあと何年生きる?生きて未来のヒト組織でどんな役に立つ?
 今どんな名目で何の権限を振り回しているかはともかく、無視して10年後に弊害あるか?

 もうひとつ検証しておこう。亡くなった公務員さんのことだ。
 実直に公務に携わる意識が普通にあればもちろんのこと、万々が一それがぐらつくような局面まであったとして、それでも自身を包む1億2千万組織を裏切るなんて恐ろしくてできるものではない。
 だが犯罪者政権が『常人なら死ぬほど怖い裏切り』を強要し実行させた。組織認知症を発症すると、この恐怖感・重圧感・責任感を喪失するからではないかと私は考えている。実際、唖然とする『後先考えない組織への裏切り』は何度も実例を目の当たりにした。
 ともあれ幸せに生活できたはずの日本人が一人、望みもしない死を自ら選ばねばならなかったのだ。『よくばっくれ通した、よくとぼけ通した』で褒美を5千万出してオシマイにするようなナメた結末は許されない。
 まず健常な若年層は、壊れたボケ老人の誤作動をきちんと解って知識に持っておき、その言動を真に受けず適切な対処を取る知恵を持つべきであろう。尊い犠牲のお陰で、命を落とさずに済んだ感謝を反芻して、毅然と行け!

 おっと、カレーの笑い話が重ための組織運用実地スキル講話に化けちまった。まあいいか。
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【677】不信と反目のふるさと返礼てんこ盛り [ビジネス]

 ふむ、まずまずのセン行ったじゃねえか、ビシバッチ。
 そりゃ大番狂わせで勝ってくれれば随分とそこからの見応えがあったと思うけれど、まだそこまで勢力が拮抗するには届いてなかったというのが妥当な見方なんだろうな。
 個人的には、総数810票のうち300票以上取れれば『コイツって読めない怖さアリ』の実証イメージ成立、逆に200票切っちゃうと『こりゃちょっと深刻な力不足かな』というぐらいの目安で総裁選を観戦していた。詳しく解説しよう。

 まず今回、のっけから『ダメ元』のような負け戦でなかった段階で、仕掛ける意味は十分にあった。というか、負けを嫌がってこの段階で仕掛けなければ、むしろ可能性から掴めなくなるとして過言ではない。そう、必要なら負けに行く。

 ひとつに、現政権の国家運営における数々の犯罪=違法行為は、まだ世襲のガキ以下とぼけっぱなしで全く解明が進んでおらず、議会制民主主義国家が自らの存在意義を揺るがすレベルで発生させてしまった誤作動が、このまま解明あやふやで終わるような結末は何があっても避けねばならない。
 国家組織の作動原理に関わる領域の不正なので、いま想定外の総裁交代をもって誤魔化しました誤魔化されましたで済ましてしまうと、日本国民の国家参画意識がぐらついてしまう。我々日本人は、規律意識も何もない犯罪者のガキに『たまたま群れ集まった烏合の衆』を自覚せねばならなくなるのだ。それはできない。

 議会制民主主義なるもので国家組織の意思決定を進めるにあたり、1億2千万からいる全員で多数決なんか採れっこないので、一定区画毎に国民を区分し各々から代表者=議員を選出する『選挙制』が採用されているのは御存知の通り。もちろん議員は自分を選出した区画の総意を背負って、議会に出席する。これらの区画は組み合わさって日本国内を隈なく埋め尽くしており、相互にフェアな発言力をぶつけあって議論を戦わせるのだ。
 選挙の時期になると、『皆さんの安心できる暮らしのため身を挺して頑張りますので、私に清き一票を』みたいな宣伝文句を掲げたお願い行脚があちこち溢れる理由がこれだよな。
 日本国は法治国家なので、立法府である『国会』において法案を審議して議決し、それが日本社会を動かす国民生活の行動ルールとなる。『国会議員』たちが『国会』なる議会でこれをやっている訳だね。さらに今日の国会では自公二党が談合して数合わせをし、過半数を確保することで『連立与党が議決の主導権を握る』という事態になっている。

 結論から行くと、今コイツら与党議員が『国民の総意を背負って』ってところを裏切っている。
 日本国の一部に『支配階級』を口裏合わせで設定し、自分らはその『支配階級』に属するお約束で進めることを前提に、『国民の総意』を形式上の隠れ蓑にして議会で『支配階級』特権の手前勝手な決め事をしてきたのだ。
 もちろん『それじゃマズい、違法だ』と抵抗するマトモな議員が一定数いるにはいる。これを封じるため『支配階級』の示し合せで『時間ないから、ハイ多数決ね~!』と突然叫んで、必要な話し合いをわざとすっとばし、『多数決、ハイき~まった!』と宣言するのが『議決の儀式』だ。
 議会とは『議論する会合』のことであり、その定義となる原理的作動を怠っているので、これは議会制の国家運営とはいえず、つまりは無効な茶番劇に過ぎない。だが、これを議決扱いして行政で強行したい『支配階級』がここにも紛れ込んでいるため、当面のところ立法プロセスとして議決と混同されてしまっている。

 ともあれその特異な実態が、この多数派与党の総裁選結果に見事に顕れた。
 国会議員票の票数は、世襲のガキ=329票 vs ビシバッチ=73票 となっている。

 何しろ日程がないので申し訳程度にテレビ数局で候補者討論を流していたに過ぎないが、うわずった声で番組進行を無視して注意されたり、支離滅裂のしどろもどろで『相手なき言い訳』の一方的主張に終始した世襲のガキが見苦しかったこと。
 反面、コンセプト大枠一般論レベルの論旨以上には踏み込めなかった・踏み込まなかったとはいえコトバの流れがスムーズで随分と聞きやすかったビシバッチ、普通の感覚でどちらかが政党の総裁適任者なのかは明らかだったと思う。
 それがこんな不自然な得票数差になる政党ってのは、つまり犯罪絡みの『支配階級』がまかり通ってくれないと困る国会議員がいかに多いかってことではないのか。このたび一部の反対派が自浄らしき謀反を見せたものの、今なお総合的には、右向け右でクロをシロ、有罪を無罪と言い張る特殊組織だってことだ。

 そんなワケで、まだまだ犯罪者政権の違法行為を追及して、摘発して、撲滅までやるんだから、ちゃんと一番ピエロを残した姿で実体を維持しててくんなきゃ困るんだよ。良いとはゆめゆめ言わないが、現時点ではこれで正解である。

 一方、今回の総裁選は国会議員票だけでなく、それ以外の党員による『地方票』も合算され集計された。国会議員票と地方票はいずれも各々405の同数で設定されている。
 地方票は、世襲のガキ=224票 vs ビシバッチ=181票 で55% vs 45%であった。
 う~ん、ちょびっとだけ逆転の可能性に期待したんだが届かなかったか、こいつぁ残念!

 このあと世襲のガキは今回の反対派への懐柔を演出したいはずだが、懐柔される方としては、ここで応じてしまうと以降の選挙で生き残れなくなる。コイツもう三選を迎えて今期でオシマイが確定的となると、みんなこんな恥知らずの犯罪者とは距離を置いて見られたいだろうし、今後の党内人事はちょっと注目しておきたい。
 勝ったのは良かったが難しく孤立するはずなのだ。そこをどうするのか見ものである。

 結局はどこかのフェーズで、日本国1億2千万組織の自我と摺り合わせが必要になるはずなのだ。過去の歴史上では、この摺り合わせ作業が叶わず大衆に処刑されちゃったヤツがいろいろいたと。
 ビシバッチの『私は国民のみを恐れる』という台詞はよく当たっていたと思う。
 ま、『変化の始まり』のきっかけとして、まずまずな総裁選結果だったのでは?
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【676】ニッポン能力開発コト始め、ワイドショー的検証の巻 [ビジネス]

 前回の続きから始める。
 ここで繰り返し話題に挙げてきたが、能力開発の『習得』というプロセスにおいては、習得する側の自我を封印した『従順』が重要な成功要件となる。早い話がイチもニもなく、師匠が絶対的な世界基準となるのだ。
 この『絶対』を本気の本気で徹底するため、時として師匠は世間常識から敢えて逸脱と映るような理不尽まで弟子に強いて、『必要な時には全てを封印して学ぶ』ための精神力を鍛えていたのではないだろうか。
 もちろん、いちいちこんな面倒な解釈を捏ねてようやく成立するような師弟関係ではうまく業界がまわるはずもなく、『この世界そんなもんだよ』の通念が世間一般の自然な認識なんだろうが。

 さて横須賀に現存する戦艦『三笠』に船としての機能は無く、実は昭和になる前に記念物としての保管が決まって着底しているのだが、終戦直後に上部構造物をとっぱらわれてダンスホールや水族館にされていた時期がある。戦艦の余生としては何とも可哀相なハナシであるが、こうなる前には、終戦直後の荒廃期のことゆえ金属も木材も盗まれ放題で、もっと酷い目に遭っていた。
 『三笠』は日露戦争の戦勝艦であるくらいだから古い艦であり、まだ日本に十分な軍艦建造の国力が揃う前の時代に、英ビッカース社に発注され建造された船である。大戦後こうしてダンスホールにされていた姿を深く嘆いた某イギリス人が復元を呼びかけ、紆余曲折を経て、かなりの部分がオリジナルではないにせよ現存最古の鋼製戦艦として、今日の貴重な雄姿が取り戻されたのだ。

 くだんのジャズ奏者氏には【672】、このあたりもちょくちょく仕事場になったものだと聞いた。
 この時代、まだまだ日本国では『社会の構築作業』がリアルタイムに進行中であった。やって良いコト悪いコトが社会規律として共有されておらず、つまり法整備されておらず、それこそ文字通り無法の荒野で、弱肉強食なんでもアリに近い世界観で、世の中がまわっていたようなものだ。
 進駐軍相手のエンタメ商売など、まるっきり価値基準の違う世界を相手にあぶく銭を掴んで、カネという流通媒体をこれから新規開拓するも同然の焼け野原に持ち込むのだから、まあどえらい価値換算レートではあったらしい。ひとつの完成した経済社会内での価値流通媒体でなかったのだから当然か。
 簡単に言えば、一晩でガチ何千万円という現金収入を手にして、金庫でもトランクでもないそこらへんのカバンに詰めて手荷物として持ち帰るという、頭がクラクラするような仕事向きである。

 では大金を稼ぎあげて豊かな生活を満喫できたかというと、全くもって違っていたらしい。
 恐らく日本社会の側が、まだ一介のバンドマンがまとまったカネをばら撒いて豪遊できるほどにまで充実していなかったのではなかろうか。まさに濡れ手に粟でつかんだアブク銭、そのまんまバンド仲間内での賭け麻雀に消え、誰がどこでどう振る舞ったのかも知れないまま、とにかく泡と消え去ったのだという。
 いくら消えても無限に稼げるので惜しいとも思わなかったそうだが、当時を振り返って御本人は『あの頃の俺はホントに思い上がっていて、人間として失格だった。いま思い出しても、あの自分は事実として認められない。本気でイヤだ』とおっしゃったものである。未整備の経済の中で、ボロくカネを稼いでは、有難味も感じず紙くず同然に使い捨ててしまう時間は、振り返って荒廃した記憶しか残さないのだと思う。

 バンド興業の現場も当時なりの苦労は多かったようだ。
 私と同世代以上の年齢の読者さま方なら御存知だろうが、昭和のある日、大規模なホテルが火事になり多数の死傷者を出したことがあった。調査を進めると万一の火災に対する安全装備があちこち劣悪だったことが判明、『事故ではなく人災ではないか』とする声も上がり始める事態となったのだが、これをものともせず『私は被害者です』と、後に流行語にまでなってしまう名台詞(?)で嘯いたオーナーがいた。
 まあ普通に検索するだけでもいろいろと似た系の逸話が引掛る御仁だけあって、このヒトのお仕事は事後のギャラの回収が凄まじくタイヘンだったと、実体験談で聞かせてもらったものである。やらされっ放しの取りっぱぐれで泣き寝入りした連中も数知れず、しかしこちとらバンマスの命を受けた身だから、手ぶらでは帰れない。いやあ~、ありゃ真剣に参ったよと。
 それでも当時の実業家の成功解のひとつではあるワケだが、当然カネまわりが悪いはずもなく、いつもシミひとつない高級スーツ姿で、確かにカッコ良かったはカッコ良かったらしい。
 もっともそんな世渡りをしていた手前、銃撃されたりもしてしまうのだが、こういうやり方で世を勝ち抜き生き残っている人間はそれなりの星のもとに生まれていると見え、弾が急所を外れる強運を味方に付けて命を繋いだという。

 随分と年月が経っているとはいえ、これ以上こんなところで細かい話に口を滑らせて良いコトは何もなさそうなので切り上げるが、法治国家としての構造が固まっておらず表稼業と裏稼業の境も不明瞭な日本社会で、時にチカラずく・時に泣き落としのガチンコ勝負で、みんな自分の生存空間となる業界を守っていたのだ。
 カタギの大企業だって総会屋を始めあちこち底面ウラ面から狙われ、治安システムの整備が追い付いていない局面ではあの手この手のグレーゾーン方策で切り抜けざるを得なかった。やはり大組織を社会空間の中で切り回すのは、一筋縄では行かないきっつい重労働だったのである。
 そんな当時、銀座の楽屋裏で偶然に出遭わせた丸山さん=現・ミワさんは、そこだけ空気の質を歪めて変えてしまうほどの、信じられない美青年だったという。バシッと正装に身を固めて、夜の銀座でひと息つく男たちを前に『ヨイトマケの唄』なんか一曲キメた日には、日本国の経済力が明日の元気をぐんと膨らませ、どえらい額のギャラが動いたに違いない。

 日本経済のあらゆるシーンで日本人たちが、ヒト対ヒトのぶつかり合いから安定した文明空間を創出しようとしていた過渡期のことである。こんな時代背景が、業界を引張り戦い抜いて守る『先人の絶対性』と、合理性を度外視してまで信じて服する『後進の従順性』に、少なからず効いていたのではないかと思うのだ。
 やがて社会が整備され安定するにつれ、自ら直接の手作業で暮らしやすい業界空間を守って、世代から世代にきっちり受け渡そうとする意識があやふやになってきたのかも知れない。

 おっと意外とボリュームがあったか。次回を書く頃には総裁選が終わってるんだよな。
 例によって『所詮は』の枕詞が付く政党のウチワ選挙に過ぎないワケだが、日本国民として、カネや地位なんかのトクだけに群れた現・犯罪者政権にこの先をやらせて、何の期待もできると思えない。度重なる儀式制独裁主義議会の議決詐称にしても、早く過去に遡って妥当性再検証と議決処置の撤回に取り組まねばならない時期に来ているのは、複数の日本人が実感していることと察するのだが。

 外野ギャラリーのイチ国民としてだが、私は茂ビシバッチに期待すると表明しておこう。
 とりあえず若い人たち、コイツらのこの騒ぎがどんな顛末になるか、よく見ておかれい。
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【675】カリスマ教官は免トリ資格失効者 [ビジネス]

 お、世襲のガキが勝負に出た!…つもりなんだろうかね。
 改憲の名誉が自分の手に入りさえするなら、他はどうなろうが一切を放り出す腹を決めたらしい。
 というか、今の立場からはアレもコレももう思惑通りにならないと今さらながらに見限ったらしく、ならばこの犯罪者政権組織が幾分でも機能するうちに、やることやっちまって逃げ切るのが一番トクだと決心した感じである。

 改憲できればいいや。いや自分が改憲できたことになって記録に残れば、どうでもいいや。
 九条第二項が残ってても、いや一言一句が手つかずのママ流用でも、自分が改憲したと映る事実さえ残るなら構わない。そういうことだろう。

 馬鹿馬鹿しすぎて開いた口が塞がらないが、まずは考えてみよう。
 日本国憲法が抱える問題の本質は、条文に記載された日本語情報が、多くの日本人にとって実態と食い違った意味に受け取られるところにある。
 どんな解釈のどんな議論を日本国内で繰り広げようとも、この日本列島に価値を見出して武力侵攻してくる他国の存在の可能性を否定できるものではない。ならば望むと望まざると、日本人は対抗手段として軍事力を備える必要が避けられない。だから備えている。
 この揺るがない事実に対して、『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない』という日本語が合致しないのはすぐ判る。
 よって九条第二項は削除するか、少なくとも改変する対象として、どうしても外せないのだ。そうしないと『日本国は法治国家なのに、憲法を順守できていないから、そこが国家運営として間違っている』という理屈で発生する指摘が、いつまでも不毛に現状を否定するだけの言論を呼び起こしてしまう。
 これは日本の国力の無駄遣いである。だから解消したい。

 世襲のガキはこの九条第二項を据え置いたまま、改憲の作業だけするというのだ。
 もう『改憲』の二文字が自分の手に入りさえすれば、憲法に関わる論争など解決する気は毛頭ないと宣言しているようなものである。
 もちろん九条第二項に手を付けないのは、九条フェチが売りのナントカ学会ゲタ与党との取引を最短時間で終わらせるためだ。時間がかかればかかるほど、自分らのやってきた犯罪行為への追及が深まり、まだまだいくらでも他の犯罪が摘発されてくるのも確定的なため、もう手段を選ばず取引の交換条件成立を目掛けて突っ走るつもりだろう【653】

 何しろ先日の総裁選の立候補表明、自分のせいで政府与党の国民支持が地に落ちた事実はきれいさっぱり無いことになっていて、実に力強くダメノミクスの功績とやらを謳い上げ、お得意の『シンシでテーネー』を改めて国民世論に当てつけるかのように復活させて、喝采を浴びたのは御存知の通り。
 『議決の儀式』の強行で民主主義議会の合意が得られたことに代えるという、日本国の法律のどこにも記載されていない違法プロセスを一方的に主張し、日本国の支配階級を自称する政党のウチワ会合だと、こんな異常事態が現実となる。
 ここでこれまでのお約束文言を強気ルックで演じれば、まだ今ならこの儀式制独裁主義政党の過半数から支持を得られる公算は十分にあるというワケだ。日本国民が暮らす日本社会からは隔離された、『議会という雲上の空間』は意のままになる。

 この空間、人を殺しても褒美を5千万出してオシマイにするくらいの別世界だから、贈収賄めおと犯罪の有罪確定待ちに改憲の栄誉を与えるくらい余裕で現実のうちってとこだろうか。
 『ワタシがリーダーです♪ワタシが責任者です♪』と調子が良かった先にいるはずの一般国民は、今や綺麗さっぱり裏切られる運命にある。
 『シンシでテーネー、おら判ってんだろ?いつもやってる、あのシンシでテーネーだよ、文句あんのか?』
 日本人を自覚するなら、天地が逆転しようとも日本国憲法の維持・整備を犯罪者にやらせてはならない。人類文明史に汚点を残すような失態は、日本国民として死力を尽くして避けるべきである。

 昨今スポーツ界で水面下の慣習として関係者内々の風土にこびりついていた、人治采配の支配階級文化が明るみに出されてきたのは良いことだと思う。
 本来なら個々人がおのれの才能に可能性を見い出し、努力してその最高到達点に手を伸ばすにあたり、みんなが見て納得する自由で平等なチャレンジの機会が約束されていて然るべき。ちょっと美しすぎる気もするが、一応これが原則だろう。

 音楽などでもそうだが、まず後進の憧れの的となる達人が現れ、その道を志す若きフォロワーたちが弟子に付いて、そこで技能の伝授が行われ始める。だがこの手の身体コントロール能力は習得しようにも、何の因子がどこまで効いているのか、本人に乗り移りでもしない限りは判別できない【95】
 結局、人物総合スケールの結果系である振舞い全般を、不可解かつ神秘的なイメージの完成品として捉えるしかないというなりゆきになり、達人たる師匠は弟子たちにとって逆らうことが許されない絶対的なお手本となるのだ。
 そもそもは、若きフォロワーたちが自由意思で達人の絶対支配下に飛込んで来て、自らの能力開発を模索するのが自然な行きがかりであった。若きフォロワーを受け入れた達人たちは、その志を引き取った責任を背負い込み、自分の技法の将来展開を一任すべく惜しみなく全てを引き継いだものだ。よく言われる『上下関係が厳しい』の真意はこれだと思う。

 おっと半端な分量で切れが悪くなるので、今回はここまで。
 日本社会は、体罰だ何だとアタマのおかしい痴呆論争を弄ぶようになって以来、能力の世代間伝授がまともにできなくなってしまったのではないだろうか。同時に、次世代を本気で育てて一人前にしていく責任を自覚できない、先人と呼ぶに値しない迷惑で無駄な老人が増殖し過ぎているように思う。
 今日まっさらな子供世代の方が素直に自立した心で、能力開発と指示命令系について的確に理解していると感じるのは、この私だけだろうか?
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【674】理系コースの六法全書読解マニュアル [ビジネス]

 いろんなことが立て続けに起こっているので、政治の方もちょいと備忘で整理しておこう。
 大災害の不運を免れた人間までもが、全てを放り出して被災地の惨状に胸を痛めたところで、日本社会の生産性ダメージを緩和する効果はゼロである。当面は義援金関連の情報を待とうかね。

 ここ数年、立法・行政・司法の機関横断型で現・犯罪者政権が、国民への周知を徹底せず逆に隠蔽しながら、悪質な破滅志向の政策操作を進めている【653】
 もっとも隠し切れずにあちこち露見してきており、我々国民としては機会を逐一捉えて、できる所からできる範囲でこの犯罪者政権の制止と解体を急がねばならない。
 既に国のリーダーを自称していた世襲のガキが、誰の目にもあからさまな犯罪容疑のまっクロ対象となっており、『人柄が信用できない』の世論調査コメントも毎度恒例として見慣れてきた感がある。

 たかがイチ政党の総裁選につき我々一般国民に投票権が無いとはいえ、この政党が『どんな考えを持ったどんな親玉を、いかなる根拠で選出するのか』は、以降の選挙で投票先を判断する重要な根拠となる。だから、ここで『エンドレス・デスマッチの公開ライブで総裁選の候補者討論やろうぜ』と御提案も差し上げているワケだよ。
 政党が政党だけに『所詮は』という枕詞がついてまわるのは止む無しとして、本来なら総裁選そのものを延期し、日本社会の広くに総裁選候補者が持論を開示し理解を得た上で、公然と自党の総裁を選出するのが妥当というのは理に適った案だと思う。ま、どうせ通らんのだろうが。

 もちろん現・犯罪者政権としては、頭の悪い世襲のガキに『こんな考えなので、こんな根拠でワタシを選出いただきたい』なんてしゃべらせたくはないはずだ。
 『軽減税率+還暦公務員の役人老後ウハウハ高給閑職計画と、自称保守ボケ老人帝国政党の改憲名誉をめでたく交換取引する考えなので、ここは世間しもじものどんな風当たりもとぼけ通して支配階級のトクを分け合うため、ワタシを選出いただきたい』というのが本音だから、ベタにボロ過ぎて隠れ蓑の構築があまりにも大仕事なのだ。
 世襲のガキの幼い頭脳ではとても無理、また余計な悶着のネタを口走って面倒を増やすのが関の山といったところか。

 ちょうど甚大な天災が続いたのをこれ幸いに被災地視察のためを装って逃走し、候補者討論に割くべき時間を復旧作業で使い切ったふりなどすれば、総裁選候補者討論会をとぼけたまま支配階級だけで『我らが犯罪者政権、首尾よく再選GO!』の採決が取れるという目論見なのだろう。
 ま、イチ政党がやるウチワ選挙の内情なのだから、我々外野が口を挟む余地は無い。

 しかし犯罪者=法律違反者が、この政権の主要関係者に限って、ロクな理由もなく処罰などの是正措置を課されず野放しになっている異常性は確認しておかねばならない。

 日本は法治国家であり、法律を順守する限りにおいて、日本社会で自由に振舞いイチ国民として生活を送ることができる。反面、法律に抵触した者は自由を制限され、それによって社会が受けたダメージの償いも課され、さらに『法治社会における法律順守の必要性』の認識を再徹底された後に、まあ多くの場合は社会復帰を許される。これはいいよな。
 いま何故か日本社会に法治でない別の社会空間が立法・行政・司法の一部で申し合わせられていて、世襲のガキにしてもペテン眼鏡にしても、『この人たち、特別な社会空間に生きる階級の人たちだから、法律に則った処置はしなくていいんだよ』みたいなことになっている訳だ。これはマズいだろう。

 つまり法治社会空間と人治社会空間のダブル・スタンダードである。
 国家運営に就く一部の限られた集団の中だけで通用する人治社会空間ができてしまっており、その勝手な箱庭ルールを日本社会の法律適用に優先させているのだ。限られた自称・特権階級の都合だけで、超法規的措置のイチ事例として押し切るつもりと見受ける。いや、イチ事例で済んでないか。
 これは端的に『法のもと万人が平等な日本社会において、違法な人治采配がまかり通る』という事態を引き起こしており、それは『法治社会でありながら公式に法律が無視される』という行きがかりとなり、これをこのまま放置すれば『法律順守を拠り所に皆で共同生活していた社会空間が崩壊する』という結末を呼ぶ。

 こんなことにならないよう、架空の力関係による人治支配みたいな『違法性の芽』に対して、普段から組織全体に摘発と駆逐の機能を普及させておく必要があるのだ。こういう悪しき文化は仕込みが始まると、良からぬヤカラがすぐに群れて海面下で組織化し、持ち合いの慣習にして固めにかかってしまう。
 組織風土整備が案外とこまめに、うるさく取り締まる根気のある人材でないと務まらない所以であり、また『目利き』はこの手の違法性予備軍を『ヤバい奴』として見分けるセンスを持っていると思う。

 で、こんな話を超越して今日の日本社会で厳しいのは、正真正銘フツーだった人材が、組織認知症の発症により『ヤバい奴』という別人に変わることなのだ【617】
 DNAが紡いだ生命の掟に従う『人格の本質的変化』なので、発症し進行してしまうともう手の打ちようが無いし、発症するまで事前検知は不可能である。日本人は、長寿と組織生産性維持の関係を真剣に分析し、計画的に折り合いをつけねばならない時代に来ているのだ。

 表現が難しいが、皆まだまだ『倫理道徳や論理性の問題として世界観が閉じてしまう』思考特性で固まり過ぎている。
 もっと『生命科学的に自然で、どうしようもないコト』が起こっているのだと思う。
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【673】加齢臭王者の蠱毒エクスペリメント [ビジネス]

 今度は近畿で台風、北海道で地震。えらく災害の多い年である。
 まずは事態の全容が明らかになるのを待とう。皆さま、どうかお大事に。
 大災害が起こったからって、日本社会に半ば常識的にはびこってきた悪しき陰湿なママゴト力関係の文化構造を、公衆の面前でひとつひとつ白日の下に晒しながら解体していく作業を止めてはならない。大事な局面である。

 それにしても悪い事だらけでひとつも良いコト無いし、サルでも解る一般論として語られる『公明正大な社会規範』から一見してズレてるのが判っているのに、何故ちょろりんちょろりんと架空の力関係に調子を合わせ、わざわざに不毛で不愉快な『ハダカの王様』劇団員人生を選び取る大人が多いのだろうか?

 実は簡単なハナシで、その方がラクチンで居心地いいからである。不愉快じゃないのだ。
 そう、自分の未来構築を放棄して、老衰過程の消化試合に入っている人間にとっては。

 威張りたいヒトには威張らせておいて、御近所づきあい然にテキトーに御機嫌とってりゃ少なくとも自分にとばっちりは来ないし、少々逸脱した我儘や自分勝手はなあなあで見て見ぬふりをして事なかれで収めておけば、ラクチンで安穏な時間が過ぎて行く。もうそれでいいじゃん。それでこの場がなくなっちゃうんなら、なくなっちゃえば?どうせ自分らその程度の人間だし。そういうことだ。
 正しいも間違いも無い。トシ喰って気力も体力も落ちて来ると、まず息が切れてアゴが上がるところから思考と感情、そして本能が始まるのである。
 若い人たちと組み合って新しい道を切り拓くなんて、熱血ドラマが好きな自称熱血漢で勝手にやってればいいでしょ。威張りたい人種とぶつかって余計な悶着も起こるし、正義の味方ぶって面倒くさいことするのやめてくんない?ついてけないんだけど。
 組織の高齢化が進むと、自然のなりゆきとして組織の自我がこの気質に向かう。これは教育や旗振りでどうこうなるものではない。もう生命力の衰えに起因する生物の基本特性として『頑張れない老人の群れ』になっちゃってるんだから、ある意味仕方ない。

 工業大国全盛期の馬車ウマ稼動でそれどころじゃなかったってのはあるんだろうが、かつては改めて組織の天敵と戦うほど深刻真剣な職場風土整備なんて、考えられなかった。あ、その代わり、いわゆる働き過ぎ自滅やライバル同士討ち系の『やりすぎトラブル』はいっぱいあったと思う。
 これが、いつの間にかわざわざの取り組みをしないと自発的な生産性を維持できなくなり、活性化・健全化の先導役がどんどん少数派になって、遂には自力で生命維持できる、いや自力で生命維持しようと思い立つ職場風土を目指して、エンドレスの悪戦苦闘が常態化するまでになっている。

 冗談でなく『全員一律に、菱形の青い強精錠の支給』あたりが即効性のある実効解だろう。
 ドーピングででも機械的に若返りの活性化操作をやれば、文字通り原動力としての『やる気』に火が入るから、ナニガシか嬉しくて楽しくて前向きな組織活動が現われるはずなのだ。

 無論そんな手段も現実には採用できない訳で、だとすると少数派に甘んじざるを得ない若年層が、いつもシケた老衰体質の組織風土に多数決で寄り切られ、せっかくの才能も体力も可能性も奪われ、ボケ老人のオモチャにされ続けることになる。
 これではどんな組織にも先が無い。まあ前述したように老人本人らの大半は、なくなるならなくなっちゃえば?くらいの生存欲だから、道理っちゃあ道理なのだけれど。
 老人どもがだらだら自滅の道を選ぶのは咎めないが、そこに若者を巻き込んでいるところが迷惑かつ理不尽なのだ。

 老衰集団はおのれを悟って、威張り威張らせ旧知のよしみを温めあう有志の介護同好会を結成して、高齢層の箱庭で閉じる道を探せないだろうか。今これだけ社会のあちこちで、公明正大のメッキを施した人治采配が幅きかしてたんだ、老人同士で遊び相手が見つからなくて困ったりはしないだろう。元気で若い人たちを自由に飛ばせてやらないと、日本社会が明日を生きるための生命力を枯渇させてしまう。
 『若い人に対して、老人が奇妙な上から態度の絡み方をする接点を絶つこと』を目的とし、例えば隔離された人工島ででも老衰天国の介護同好会を自費で楽しんでもらって、自然発生のなりゆき現象を刈り取る実験ができれば面白いかも知れない。今の体操の、数年前の業界組織表とかで人選すりゃいいじゃん。
  自分なる人間は、どんな自覚のもと、他の人間にナニをナゼ強要しようとするのか。
  自分なる人間は、どんな自覚のもと、ナゼ意味不明の強制に隷従する時間を選ぶのか。
 これって高齢化ニッポン全体として、社会の生産性を回復する現実解の貴重なヒントになるのではないかと思う。

 体操業界にはとんと知見がないのだが、コーチ職って仕事にありついて十分な一定期間を安定してやってくってのはかなり難しそうに見える。激しい競争の中、素晴らしい原石の選手と巡り合って腹割って試行錯誤を繰り返して、いろんな大会の場で実績を積みながらスポンサーさん探して。
 ここへきてスポーツ種目毎に競技名を掲げたナンタラ協会ってのがずらりとあって、軒並そこで架空の権力構造が布かれていて『誰それさん』がワイロとりながら、お気に入りの若手コーチたちに仕事ふりわけてるなんてことないだろな?
 『業界のドン』気取りたさに、なびいてくる若手は舎弟扱いで依怙贔屓、なびいてこない若手は執拗に嫌がらせ…あたりで済んでいるうちはともかく、まかり間違って『誰それさんに御挨拶参りして、おいくら掴まさないとやっていけない』みたいなハナシにでもなっていたら穏やかではない。帳簿に乗らない袖の下が行き交う不健全財務には違法性要素が紛れ込む確率が高く、何かの拍子にそれが明るみに出た途端、関係者一同のお仕事は信用もろとも崩壊する。

 確かホリエモン氏の講話の一端だったと思うが【219】【264】、彼なりの採用基準として『ヤバい奴は採らない』というのがあったのを憶えている。実は全く違うところで、全く同じコトを言う人間を複数知っている。
 ヤバい奴=自殺したり、犯罪に手を汚したり、特許盗などをやりそうなヤツのことだ。私なりには、『快く生産する自組織の自我に険悪なダメージをもたらす人種』だと理解している。
 そう、どんな地道でささやかな事業でも、『事業を健全に回転させる』という運用状況は、楽しく幸せな経営のためビタ一文譲ってはならない条件なのだ。逆に少々派手でカネ廻りが良くても、ヤバい要素が紛れ込んだらマトモな仕事にはならない。

 いま我国の運営にあたり、立法・行政・司法に跨って『ヤバい奴等』が犯罪に手を汚しつつ大量に蠢いてるのでは?何しろ機関横断型・組織的犯罪容疑が未解決の真黒政権である。
 どこぞの政党集団は大半のヤツがヤバいんだってさ。
 明るい未来を自分たちで楽しく切り拓きたい若者たち、もう採用基準は誤れないぜ。
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【672】重量ハンデ願い下げの実力一本背負い [ビジネス]

 ここで話題にして取り上げる問題の質としてはあんまり好きでない領域なのだが、清濁併せ呑んで維持されていた旧来文化が劣化し、いま日本社会の生産性を著しく低下させている重大事例だと思うので、前回に続いて緊急企画を。

 『今度は体操かよ』の一件のことだ。悪い大人の虚構の権力の構図があからさまである。
 とりあえず他のノイズは一切排除しよう。まず生まれつき突出した素質に恵まれた若者がいて、運よくその素質が見いだされ理解され、周辺生活を合わせ込む調整も叶って、その道の最高レベルを目指して磨きをかけるという行きがかりが実現したとする。
 思春期の年齢にもなれば、本人はそこらの平均的な連中が望んでも手に入らない天性の出発点を自覚しているだろうし、ならばその幸運に努力を上乗せして、世界の強豪を相手に頂点を勝ち取るという目的意識も固まることだろう。ここまで全て噛み合っており、この一連の追求を目指すのが正しい。
 だが敵味方、平等に過ぎて行く人生の時間に対して、どんな手段の努力を注ぎ込めば自分の才能が最高点に到達するのかは判らない。その最高点が必ずライバルを上回る保証も無い。故に、時に自分の感覚や考え方を二の次にしてでも、最も見込みがあるとされる方策を選びながら頂点を目指すことになる。

 どうした訳か、ここに『誰それさんの言うコトを聞かないと、頂点に続く道は開けないよ』と通せんぼで割り込んでくる大人がいるのだ。
 その『誰それさんの言うコト』ってのがまた、『誰それさんお墨付きの指導者に着く』だとか『ある団体の奨励キャンペーンに協力する』だとか、体操の能力開発とは無関係の要求事項ばかり目立っていたりするのである。
 もう解説するのも馬鹿馬鹿しいが、その『誰それさん』が『業界のドン』みたいなことになっていて、指導者の名声争いやスポンサー契約のカネ勘定に采配を振るっており、つまり業界慣例の利権構造を利用したトク目当ての無能どもが、若い才能の成長過程にたかる構図となるワケだ。
 ここに才能を持ち合せているのは若者本人であり、『業界のドン』は立ち返って考えれば、何の役にも立たない無駄で迷惑な存在のはずなのだが、夢遊病者のように取り巻きどもが逆らえない慣習を周囲から固めてしまっており、それが長期熟成された成れの果てである。
 今これだけいろんな立場の人間から、他方をまともに否定する発言が飛び交うからには、関係者の多くがいつも理不尽に押さえつけられ、不満を抱えつつ過ごすような慢性病の業界文化だったのは間違いなかろう。

 若いお嬢さんがこんなものに調子を合わせることなく、『私の人生経験はまだ短いけれど、主張すべき私の考えを主張します』と宣言したのは立派だった。
 所詮は腐った老人の腐った文化といえども、馬鹿で虚弱で無責任な大人が見て見ぬふりしかしないとなると、やっぱり独り逆らうのは怖いはずだ。だから逆らえなかった過去の若者たちは、弱いくせに威張れるところで威張ることだけ覚えた大人たちに言いくるめられ威圧され、ボケ老人の権力ごっこのオモチャに甘んじるしかなかったのだ。彼女がそれを変えた。

 昭和の時代、安物楽器を手にした馬鹿ガキが音楽の真似ゴトをやって遊ぶうち、ほんのちょっとながらそれを生業とする世界の入口だけでも垣間見る機会はあった。音楽に限らずパフォーマンス系興業の世界は、殴る蹴るの暴行さえ辞さない厳しい上下関係・師弟関係にあるというのが一昔前の定番だったものである。
 今日のスポーツ業界にもその手の気質の一端が残っていると見るのが妥当かどうかは判らないが、ま、とりあえず想い出話を。

 戦後すぐのころ米軍基地で活動していた経歴のあるジャズ奏者に話を聞いたことがある。
 無条件降伏により日本は連合国の統治下となったのだが、具体的には進駐軍とかGHQとか呼ばれる機関が設立され、彼等としては戦後日本を仕切るため海外赴任して来ていた形である。
 戦勝国として日本国土に踏み込んでは来たものの、日本はそもそもが物資に恵まれない素朴な土地柄に加えて、戦禍で社会機能が失われた異郷の地だ。娯楽の対象になるものなど、身近に殆ど見当たらなかったようである。
 いっぽう空襲で焼け出され住処も家族も失った日本人たちが、そこらで瓦礫の中から使えそうな物を拾ってきて地面に並べ、その日暮らしの小銭を稼いで食い繋いでいたりもした時代のことだ。
 こんななか運よく楽器を持っていたり自作したりして、米兵相手にジャズの真似事を始める日本人が現われた。機械管理のセキュリティも無い頃のこと、いったん信用を確立できれば、基地ゲートは顔パスで結構自由に出入りできたそうである。ステージに投げられるお捻りは米兵にとってほんの小遣い程度の額だった反面、これが基地から一歩出て日本人社会に移った途端に相当な大金に化けたという。
 あまり門戸の広い業界でもなかったようだが、みな基地との関係を良好に保ちながら逞しく生きていた。ここに赤線のお姉さんたちが面白おかしく絡んで来たりもするのだが、その話はまたの機会にしよう。

 さて直接たずさわっていた業種について詳しくは聞いていないのだが、このころ銀座一円を仕切る実力者として幅を利かせていた『お銀さん』の話が印象深い。
 当時、やはりというか進駐軍の兵隊による白昼堂々の日本人女性暴行事件が散発したらしいのだが、ある日このお銀さんも狙われて米兵に組みつかれたという。
 ところがこのヒト合気道有段の本格派だとかで、すかさずその米兵を投げ飛ばしてしまった。
 普通なら即刻その場で権力頼みに捉えられ、いいように処罰されてしまう展開なのだが、さすが合理性の欧米スタイルとでもいうのか、現役の兵隊をのしてしまった日本女性の武術に感心した進駐軍は、自軍の兵隊たちにそれを習得させることを思い付き、後にお銀さんを指導者として招いたのだそうだ。
 こりゃあ付近一帯、暴行事件も減ったろうし、米兵たちもわきまえて遊ぶようになったろうし、社会の実力者として振舞うに値する十分な事実情報が知れ渡ったことだろう。

 社会文化のイチ業界で、上下関係・師弟関係に基づく行動規律の概念が成り立つためには、自文化の進化発展を脅かす暴力や、自文化が平和に栄える社会に危害を加える強権に対して毅然と立ち向かい、自文化の世界を安泰に守る先達がいなければならない。それはあなたにとって誰だろうか。
 あなたの生活のあちこちで常識のように主張されまかり通っている上下関係・師弟関係、そして指示命令系が、本当にそれ相応の根拠をもって運用されており、納得行って従うべきものなのかどうか、改めて体操競技の頂点を目指す若いお嬢さんの声明を聞きながら今一度熟考されたい。

 若い人たち、この日本に老人言ったもん勝ちの支配階級があるなんてまっぴら御免だろ?
 先達に守るべき礼儀はきっちり守れ、だがおかしいと思ったなら毅然と声をあげるべきだ。
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