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【665】ピカと花火と宇宙旅行の進化論 [ビジネス]

 舌の根も乾かないうちから、前回さらに計算を間違えた。終戦が昭和20年で、私の沖縄初渡航が昭和60年前後だから、私が見たのは大戦から二十数年後ではなく四十数年後の現地である。
 言い訳をしておくと、初渡航のあと沖縄は急速に変わっており、平成になって仕事で再び沖縄を訪れた時かなり広範囲を走り回ったのに、もう戦時中を連想させる風景には出遭えなかった。やはりというか、昭和47年=二十数年後までの期間は、終戦直後からの変化代が、まだまだ随分と小さかったんではなかろうか…という思いを巡らせつつ、書き間違えました。

 この時節まさか私ごときの体調のハナシも場違い過ぎてできないし、月並ながら戦争関連の話題で行くか。今年も広島8月6日、長崎8月9日の原爆の日を迎えた。
 良いか悪いかは別にして、いま日本は国際社会において、行きがかり上、核兵器の存在を否定できない立場であることは御存知だと思う。どこかの声明発表の領域では少々思い切りの良い文言を使えても、さすがに核兵器禁止条約への批准となると、実情との矛盾がマトモ過ぎてやれないのだ。

 さて核兵器といっても、厳密にどこまでを指すのだろうか。
 酷い例えだが余計な他意は無いよとまず断って、いま原発が安全だ安全だとこれだけ吹いてまわる人間がいるのだから、いずれ原子力豪華客船なるものが開発されたとしよう。コイツは日本に入港自由な一方、並走する原子力航空母艦は非戦闘態勢であっても出禁にするのだろうか。
 いや、作戦を終え負傷兵を乗せて寄港してくるのも、『戦闘態勢完全解除』の定義がハッキリしないので受け入れられないなどというのだろうか。負傷兵の手当ては軍事活動ではないか…とか。

 こう書いたところで、よく考えていただきたい。米海軍の第七艦隊で有名なエンタープライズ級、これが退役して現行のニミッツ級が就役しているが、いずれもほぼ同じく全長330メートル少々だから、東京タワーと同じくらいの尺である。
 大海原にこの大きさの艦内空間が浮かんでいて、その中央に原子炉が常時稼働しているのですぞ。居住区と何メートル離れていて、どんな遮蔽構造になっていて、艦内のどのへんでどのくらいの線量なのだろうか。搭乗員は何を基準に人選され、いかなる腹を括って任務に服するのだろうか。
 燃料補給なく洋上作戦の継続が可能な原子力空母だが、その名の通り原子力プラントまる一基であることを思い出すと、その運用負荷の重さはただゴトではないと気付く。

 だが、これをもって『けしからん!原子炉を降ろせ!』なんてことになったら、実は運用可能な航空戦力が壊滅的な打撃を受けるのだ。
 燃料も火力も満載した重いジェット軍用機は高い離陸速度が必要なため、甲板に設置されたカタパルトで強制的に急加速させ空中に撃ち出すのである。普通に滑走路を走ったら、1キロあっても全然足りない。
 作戦装備の整った艦上機を次々と空中に放つだけの莫大な高圧蒸気を得るためには、実は原子力空母でなければならないのである。お隣の大陸で、原子力でも何でもないロシア製の退役空母を改修・再利用しているが、あれでは単に空荷のジェット機が自力で発艦できるかどうかの際どすぎる勝負となり、めでたく飛んでも作戦巡航や火力携行など夢のまた夢でしかない。
 だから、なりふり構わず南沙諸島をあの勢いで実効支配に持込み、あっという間に軍用滑走路を敷設してしまったのだ。まともに使える軍用機が、飛行場から発進できるようにするために。

 動力源としての西側核技術は、弾頭のような殺傷性というよりもむしろ、圧倒的な抑止力の稼動ポテンシャルとして作用するものであり、あながち否定だけして平和に近づくとも思えない。

 そしてその核弾頭について続けてみよう。
 自律飛行の無人攻撃機なんか無かった米ソ冷戦時代、爆弾仕立てにして戦略爆撃機に載せ、敵地まで運んで落として帰ってくるというのも大概タイヘンな作業になるというハナシはした【420】
 小型軽量化の限界が結局ネックとなり強力な核弾頭の開発は衰えたのだけれど、もしその小型化が実現していたら、人間がミサイルに乗っかって100キロ上空を地球半周ほど飛び、弾頭だけ敵地に落とす…という軍事作戦案が存在していたのである。『対蹠地爆撃』と呼ばれるもので、まだ大陸間弾道弾ICBMが無かった時代のことだ。

 その実験機がノースアメリカンX-15である。速度記録はマッハ6.7、有人航空機の最高到達点として今なお破られていない。
 ロケットエンジン4基を束ね各々がON/OFF選択できるのみという男前な推進力で、さすがに高度100キロとなると翼による操縦が怪しくなるため、機首の上下と主翼両端の上下に姿勢制御用噴射ノズルを備える。
 こんなロケット花火みたいな飛行機だから、B-52爆撃機の翼下に吊り下げられて離陸し、空中で切り離すとともにエンジン点火、かっ飛ぶだけかっ飛んだら滑空降下して着陸するだけのものだった。
 要は大気上層まで突き抜けてまず空気抵抗を避け、超高速で一気に敵地上空に到達して降下・爆撃し、そのままの流れで離脱したかったのだ。当時は有人宇宙船の開発でソ連が一歩先んじており、米国はとにかく超・高々度の実用軍事技術の開発を急いだものと思われる。
 結局、搭載する核弾頭はできてこないし、この技術開発はママ実用化とはならなかった。

 だが勘の良い方は既にお気づきのことだろう。ここで育まれた技術こそが、後にスペースシャトルに活かされる。
 実験のたび大気との摩擦で酷い熱害にやられたX-15は全金属製であった。これが耐熱セラミック開発の技術ブレークスルーを得て、大型機スペースシャトル・オービターの大気圏再突入を可能にしたのである。
 妙な縁だが、もしこの世に核弾頭が無ければ対蹠地爆撃も発案されなかったし、スペースシャトルによる大気圏貫通の物流概念も現実にならなかったかも知れない。

 非核三原則なる明文化情報を掲げて判断基準を固定し、現実の出来事を照合しては良いの悪いの判定を各自でぶつけあうような議論は、あんまり建設的とは思えない。
 技術には殺傷能力を目的とする一面が常にあるのを認めつつ、本当にその目的事象が起こらないように学んで知って考えて、発展的平和の実績を結果として自分の手で刈り取っていく強い意志こそが必要だ。

 都合の悪いことに口を閉ざす程度の幼いアタマで、この国を守り抜くのは無理である。
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