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【671】怒髪天突く逆福祉公務員エントリーシート [ビジネス]

 役所と裁判所が障害者の雇用率を倍以上に水増ししていた。とんでもない話である。
 ただの規則違反では済まされない、あまりに酷い犯罪的行為なので緊急の特別回を。

 役所と裁判所=行政と司法が、障害者の『法定雇用率』つまり立法して決めた数字を守っていなかった。この法定雇用率、未達成の企業は月額で一人あたり5万円を納付するとか、場合によっては企業名を公表されてしまうなど厳しい規則となっている…民間だけは。
 つまり公的機関は、最初からお飾りの御立派な法定雇用率を掲げるだけ掲げて、実態は自分ら好みのなりゆき任せにするつもりでいたということだ。現にこうして不正がバレたところで、それを見越してのっけから役所も裁判所も事実上の罰則はナシと『法律で定められていた』のである。
 他の不祥事と同列に扱って済ますような話ではない。まさに立法・行政・司法に跨る機関横断型の組織的犯罪ではないか。
 この問題、単なる規定違反とは質が全く違うことを意識しておく必要がある。いったんヌルい綺麗ゴトやゆとり批判の類は議論がぼやけるので忘れていただきたい。

 少子化と言いつつも社会規模の数量で生れ落ちて来る人間たちには、確率に従って一定のばらつきが発生する。
 ナニガシかの社会生産作業を課題事象に設定し、それを実行するだけの機能がどれだけ叶うかという尺度で人間を測った場合、各自にひとりひとり適性値の点数が付くワケだ。
 これが平均値を大きく割り込むようなら、それは課題達成に寄与せずむしろ障害として作用するから、つまり『その人は障害者』という判定になる。厳しい話だが事実である。

 これで終わってしまっては困るので、これまたナニガシか個別の工夫を凝らすことによって、ある生産活動の局面では平均値を割り込んでしまう障害者でも、別の違った局面でみんなが見て納得するような『人並の生産力』を上げられるようにしたい。
 こうして社会全体で、ばらつきをものともせず一人でも多くの人間がお互い役立ちあう互助の関係を作り込めば、社会の総生産性が向上し、より多くの人間が仲良く希望を感じながら日常を暮らせるようになる。
 みんな同じだとか多様性を受け入れる優しさだとかいう美辞麗句でムリヤリ蓋をするのではなく、現実を前に、その捉え方と処置を工夫して全員で生産力を隈なく発揮させる幸福な社会組織でいよう。高度福祉社会を強化推進する理屈としてはこんなところだろう。

 だが自由競争市場で鎬を削り業績を戦わせる諸企業は、ついつい持てる力の最大限を一律に事業の主領域に注ぎ込みたくなるのが人情で、障害者対応は『誰かできる人が気を利かせてやってくれよ』とないがしろにしてしまいがちだ。だからこそ高圧的な強制力に映るのも止む無しとし、法定雇用率の違反に重い罰則規定まで布くことにもなっているのだと思う。
 こんな中、自由競争を勝ち抜く目的もない役所や裁判所で法定雇用率未達が常態化していたからには、単純に『そんな面倒な人種の負担を負うのはイヤなのでやらない』という、障害者を邪魔者扱いして下に見る意識と、自分勝手な怠け欲の素通しで福祉社会の運営分担を民間に押し付ける意図があったとか考えられない。これでは国政の正当性を全く信用できないのである。

 まずいの一番で『何故こんなことになっていたのか』に理屈の通った説明が必要であり、いきなりすっとぼけて再発防止の話なんぞ始められても何の解決にもならない。役所毎に架空の障害者雇用をでっち上げた張本人の名前を片っ端から公表するぐらい、簡単にやれるだろうが。何故そんな単純な初動が取れない?
 立法・行政・司法に潜む、この鼻持ちならない差別意識の在り処を特定し、その矯正処置を新たな立法で規則付け、常に国民の目に広く晒しながら管理するところまでやらずして、五体満足な還暦公務員をわざわざに高給で新規雇用する必要性などどこにあるのか。

 だから、こんなことになる上から下までどろどろの犯罪者政権はもう一斉廃棄処分にして、一応でも我々国民に対して『正直、公正』を宣言する人種で入れ換えなきゃダメってことだよ。
 『不正直、不公正』しかないのが現・犯罪者政権なのだから、『正直、公正』の明言は改善方針の示唆として的確なコトバの選択だと思う。堂々と謳え、引込めるな。

 総裁選に公平な報道を求めるだと?どこのどいつがだ?
 『ナニが公平だか解ってるよな、ええ?』ってところか。まだ尻尾振るのがいるのかね。

 イチ政党組織のウチワ選挙ってことになると、我々一般国民が直接多数決の票数に手を出すことはできない。それでもここで支配階級たる議員サマ同士の内情だけで物事が決まるような政党風土なら、もう『この政党組織丸ごとが日本国民の敵』ということで、我々下民は次回以降の選挙にそれを反映していくのみである。
 ま、とりあえずさっさと候補者討論会をエンドレス・デスマッチの公開ライブでやろうや。

 冒頭に立ち返って、今回はお役立ちアイテムでも面白ネタでもなく、ひたすら非難と軽蔑と憎悪の感情を込めて、『この立法・行政・司法の機関横断型・犯罪者組織を本格的に終焉させ解体すべき』と私が考える根拠について解説した。
 世の中いろんな人間で構成されており、決して優しさや思いやりだけで楽しく美しく全員ハッピーに収まりがつくものではない。だがだからって、思い上がった自分ら都合の卑しい基準で不遇の同胞を見下し、自分ら仲良しグループの括りから隔絶し、そんな狂った処置が自分らだけの特権で行えるような細工をやっていたのは、どうしても許せるものではない。
 恥を知りやがれ、外道が!

 そしてこんな事実が明らかになった今、ここでハンパに許す方が原因を作るのだとも思うのは私だけだろうか。
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【670】認知症、終の棲家は欠陥マンション [ビジネス]

 まずはせっかくバケ学を持ち出した、その目的の刈り取りから。

 ずらり並んだ種々の元素が陽子と電子の数だけで決まっているというのは、実はえらいハナシであり、水素用の陽子もウラン用の陽子も区別なんかないワケで、全く同じ構成単位をただ数違いで組んだ結果が、この世の数あまたの物質バリエーションを作り出しているということだ。
 水素を79個ほど持ってきて陽子と電子に分解し、陽子79個を中心にまとめて電子79個を軌道上に次々並べてやれば、あ~ら不思議、そこにはウソ偽りのない正真正銘の金が現われる。まあ電荷レスの中性子とか少々足してやる必要はあるんだけど、いずれにせよそんなハナシが、乱暴だが理論的には存在するということだ。
 『陽子と電子に分解し、ちょちょいと組み換える』ってあたりに、今のところ現実解が見つかっていないだけのことである。

 ではこれと同レベルで、原子モデルの構造組み換えって何か実現しているのだろうか?
 答はYES、核分裂反応がその一例である。

 復習しよう。ウラン235に中性子1個を叩き込んでウラン236にしてやると、強烈に不安定になり2個の原子核に分裂すると共に、中性子を幾つか放出するのであった【353】
 実はこの時、同じ2個の原子核に分裂するのではない。えーとナニとナニだっけ…と検索したら、クリプトンとバリウムに分裂している漫画が目に留まった。そうそう、そんなやつ。いい加減でスマン!
 直感に従うなら、ある数量を抱えたひと塊が二分裂するならば双方トントンが最も自然に起きやすいはずである。わざわざ不均等の偏りを持たせるような『何か』が起こるためには、その為にいちいちエネルギーを消費しながら別の事情が絡んでくる必要があるからだ。
 なのにウラン236は非対称に核分裂する。これには、前回紹介した『魔法数』で電子軌道を埋めたい効果の方が勝っているのではないかとする説があるのだが、未だ確定的な検証はできていない。

 このへんまだよく解らんのだけれど、ある現実ベースの作業プロセスに沿って核分裂反応を起こすところまでは技術が確立している。この核分裂反応に伴って放出される莫大なエネルギーを人類文明に利用するのが、今日の原子力技術だ。

 ただ、原子の核となるような素材単位を人為的に叩き込んで反応させるからには、地球上の自然界で道理として組み上がって大人しく存在している物質の状態ではなくなっている。簡単に言えば、陽子と中性子の数が『自然の成り行きに揃う組み合わせ』から違っているのである。当然コイツは、自然に揃うところまで『不自然に余計なモノ』を放出し続けることになる。
 これが放射性核廃棄物だ。何しろ原子の構成単位になるような微小粒子だから、この世のいかなる物質をもってしても完全な遮蔽は不可能であり、人間を始めとする生物の身体も難なく貫通していく様子がイメージできると思う。
 現時点で人間は、この放射能を鎮静化したり除去したりする技術を開発できていない。ただ放置して、自然に落ち着く先の状態に近づくとともに、放射能が弱まるのを待つばかりである。『半減期』というのが文字通り半分に弱まるまでの時間ということになるのだが、ようやくの半分に何万年だとか、とても文明史の年表で足りない時間スケールなのは御存知の通りだ。

 お解りだろうか。原子力の平和利用は御立派だが、発生するエネルギーの使途にいくら平和の動機を保証してみたところで、非常にタチの悪い、対処不可能なまでの殺傷能力を有する放射性廃棄物がどんどん生成されてしまう。これが原子力利用問題の本質なのだ。
 では質問。
 まあガッチガチに放射線を透過しづらい素材の容器を分厚く作って厳重に密閉し、滅多なことでは出て来ない…ことにして、そんなもんかなあと思ってしまえる程度のどこか深くに穴を掘って埋めるとしよう。その総費用を算出していただきたい。

 鵜呑みにしている人なんかまずいないだろうが、『原発はコストが安く、電気代が安くなる』というドアホな説明をよく見かける。これはもちろん『放射性廃棄物の処置をどうして良いのか判らないので、その経費を計算せずにゼロ勘定ですっとぼける』というあり得ない検討手法が前提になっている。
 本来なら、原子構造を操作するレベルの新技術を開発し、それを駆使した放射能除去工程まで含めて、安全な一貫作業が成立する廃棄物処理プラントの実用稼動まで、おいくらかかるのかが計上されなければならない。だがこちらの仕事は今、まともに手を付ける遥か以前で意図的に諦めて放り出したも同然で、黙ってスルーがお約束の状況となっている。

 いま放射性物質が混ざり込んだ蒸気漏れの重大事故現場を抱える関西で、停止中の原発を再稼働させるのみならず、新たな原発の建て増しまでもやり散らかしにかかろうとする愚策が進行中だ。
 これは明らかに日本国組織の永続を破綻させる組織認知症患者の集団意志【617】【618】が働いており、健常者の国務としていち早くその摘発と削除が望まれる。

 超・高級を謳ってモノホンで『トイレの無いマンション』に億単位の値札がつけられて、現実にどこかの高層タワー棟で売りに出されたとしたらどうなるのだろう?
 マスコミどもは一斉に『怖い怖いお役人さまに睨まれずに済む、当たり障りのない安全地帯やわらかトピック』として、付箋めくりの暇潰しボードを連日量産しては、その意味するところを判ってとぼけて、死ぬ程どうでもいい素人雑談だけ垂れ流して過ごすのだろうか。

 いま現与党・犯罪者政権の組織認知症老人ども【667】が議会制民主主義の意義を捻じ曲げており、議会を『支配階級の権力宣言の場』として悪用しようとする誤作動が目に余る。言われるがままになびくことしかできない虚弱な日本社会は、既にいくつもの致命傷を負ってしまった。
 あの手この手で有権者を言いくるめ、いったん与党議員として選出されてしまえばしめたもの。多数決議会という支配階級の談合会で自分ら内々の私利私欲を摺りあわせ、逆らえば署っぴくぞの強権お達しに『議決の儀式』だけ強行したら、それを議会の手の届く範囲内だけで一方的に法治社会全域対象の法律扱いで決定処理するという、お隣の半島や大陸もびっくりの非・文明的政情となっている【606】【626】

 そう、国民に向かって『正直、公正』を宣言すると、議会から『個人攻撃』と非難される異常事態には、こんな背景があるのだ。
 しくじったとはいえ世襲の坊主なりに、支配階級の一番ピエロとして階級制煽動のパシリ役を頑張ってくれたんだ、こんなところで下民相手にオマエ一人だけいい子になるなよ、と。
 なお『個人的な攻撃には違和感がある』との『違和感』なる表現、これはボケ老人が『ワシは気に喰わんぞ』という不満をアピールし相手をたじろがせようとする痴呆戦法の常套句だ。
 『どんな整合基準値からナニがどれだけ違っててどう実害があるのか、正々堂々きちんと抜かせ』で一蹴するのが正しい。放っておけ。

 この先アラウンド18歳の新規来訪者を恒常的に呼び込む狙いで前回をアップした。
 若者たちが一定ペースで出典確認のためここを訪れ、読後の記憶を起点に自分で思考し、自分で判断して振舞うようになる。ほんの僅かずつだが、毎年そんな若年層が社会参画して来るだろう。
 いつまで彼等にコケ脅しの上から態度が通用するか考えて、おのれが老いゆく態度を決めた方が身のためだと思うぜ、バカで腰抜け腑抜けの大人どもよ。
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【669】ビニール梱包の受験必勝参考書 [ビジネス]

 さあてと。笑える話が最近ないし、ちょいと夏休み終盤の気紛れに、受験生世代の理系学力底上げ企画でもやっておきますか。
 ほらほら若い子たち、試験にゼッタイ使える実用知識を紹介するから寄っといで♪

 元素の周期表を御存知だろう。受験勉強では、あまりにもつまらない登場の仕方しかしないので、学生がバケ学を嫌いになる原因のひとつにもなってしまっている。
 実は世間で出遭うさまざまなケミカル現象をロジカルに理解できるので、こんなに面白い知識ネタもそうそう無いくらいなのだがなあ。その四方山話はいずれ機会を探すとして、今日は端的にこれを暗記するという、いかにもベタな点取り勉強から始めようか。

 『元素 周期表』で検索すればその画像が山のようにヒットするので、どれか1枚プリントアウトしてみるがよろしい。何だか上の方の行が数少なく中抜けしたような表が出て来ると思う。
 これは原子の姿を太陽系の惑星軌道のようなモデルで描き表わした場合、一番内側の水星=最内殻軌道に電子が2個までしか入れない規則があり、同じく二番目の金星軌道には8個まで、三番目の地球軌道にも同じく8個まで、と定員制限がかかっているためである。
 これら2個や8個の根拠は今もって解明されておらず『魔法数』と呼ばれている。

 最も有名な語呂合わせは『水兵リーベ―僕の船。名前もあるさシップスクラークか』というやつで、水素H、ヘリウムHe、リチウムLi、ベリリウムBe…と上から横書き行で読んでいくワケだ。これで第4周期のアタマからふたつめ、2A族のカルシウムCaまで行ける。ま、中学レベルだな。

 では高校理系コースの領域に進もう。
 ここでは伏字を一切使わずにやって来たけれど、さすがにコトここに到って到底マトモには書けないので、伏字を使うことにする。当て字も御容赦いただきたい。
 見りゃ判るがその品性たるや惨憺たるもので、さしもの私も、何度もキーボードを打つ手にブレーキがかかる。しかしまあ男子高校生の標準的な頭の中が実によく反映されており、タイヘンに興味深い。

 ではGO!第4周期のカリウムK、カルシウムCaから。
 『カカアは好かん小さいバナナ、黒マン鉄子にどうも会えんが、下痢して明日はS○X匂う栗とリス』

 続けて第5周期のルビジウムRb、ストロンチウムSrから。
 『ルビーのスリップ一等賞、じっと匂ってもう勃った。流浪のパトロンは銀のコン○ームでインもすんなり、素晴らしいテクニック、愛のS○X』

 バケ学的な物性を論じるにあたっては、むしろタテ方向の暗記が重要な場合も多い。
 一番左、アルカリ金属で知られる1A族は、これのみ下から上に読み上げる方向で
 『フランスでせしめたルビーはかなりエッチ』

 その隣、アルカリ土類金属の2A族およびそれ以降は、普通に上から下に読み下ろす。
 『ベッドに潜り込む彼女のスリップ薔薇色』

 その右側の大きく中抜けしている『遷移元素』の部分は、私の人生であんまり暗記対象にならなかった。一応、我々の生活に馴染みのある金属元素の多くがここに入っているのを見知っておこう。

 さて気を取り直してホウ素B、アルミニウムAl…の族から再開するとしよう。左から順に縦読みで続ける。
 『ボールがインしてる』 どこにだ馬鹿たれ。私の学生当時ニホニウムNhは未発見だった。
 『くさい下痢すんな』、これは『くさい下痢すぐ治る』という微笑ましいバージョンもある。
 『秩に淋菌アソコしぼんでびっくり』、もう最初を当て字にしないとやってられない。
 『幼いS○X照れてポー』、多少学術的を気取って『雄の精子は鉄砲だ』というのもある。
 『ふっくらブラジャー愛の跡』、これは結構有名らしく、あちこちでしょっちゅう聞いたものだ。

 最後に右端タテ一列の不活性元素だが、『変なネエちゃんある日狂ってS○X乱発』が一般的、たまに『ある日クルマで』の現実派バージョンを好む向きもいる。

 以上、私の人生でこの言い伝えを文字に書き落としたのは初めてである。随分と無理のある語呂合わせまで押し込みつつ、劣情全開だけでは済まない男子受験生の妄想回路がこんな文化を横行させていた。
 セクハラの概念がこれだけ普及した現代日本社会においても、時を越え間違いなく役に立つだろう。男子受験生ならもう忘れないはずだ。

 中性子とかドッチラケなのもいるんだけど今それは置いとくとして、単純には、あらゆる原子はプラス電荷の陽子とマイナス電荷の電子が各々いくついくつあるかで、どんな物性つまりどの元素になるかが決まる。因みにどの元素もただ単独そこにいるだけなら、プラス・マイナスは同数で釣り合っている。
 水素Hなら陽子と電子は1個ずつ、ヘリウムHeなら陽子と電子が2個ずつ。
 もちろんリチウムLiは3個ずつなのだが、最内殻軌道の魔法数は2で既に定員いっぱい、よって3個目の電子はその外側の第二軌道にひとつめとして入ることになる。周期表でリチウムLiの下に並ぶナトリウムNaやカリウムKも同じ事情により、最外殻軌道に電子ひとつだけ周っているモデル構造だ。
 だから『余計な電子ひとつ放り出して、電荷バランスがプラスっぽくなっても構わないかも』みたいな性質=イオン化傾向大、というところがお互い共通点として似るってことにもなるのである。このあたりが元素の周期性の本質であり、こんな形式の表に整理される所以だ。
 またニホニウムNhなんかは自然界に存在しない元素であり、この周期表に則って原子構造のモデルが先に想定され、人工的に生成実験が繰り返され成功した一例だったりする。

 原子モデルの知識を持っていれば、分子構造やそれを組み換える化学式が理解できる。新しい素材や、必要な化学反応を得るための思考背景となる、応用性の高い大事な基礎だ。
 有機化学も無機化学も面白いハナシはたくさんあるのだが、まずは今日ここで元素の周期表を憶え、陽子・電子だけで構わないから原子モデルに基づいて周期性の意味を知っておいていただきたい。

 では本日のレクチャーはこれで終わり!みんなで拡散・共有の輪を拡げて役立てるように!
 下ネタが苦手な読者さまには申し訳なかったが、男子の脳内ってこんなもんですぜ。
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【668】財務診断、カネのなる木のジパング果樹園 [ビジネス]

 困ったことに、文章の量を手早く調整したところ『またしても』ミスをやらかしてしまった。
 『もう一回のオマエを筆頭に』も何も、世襲のガキは一度も証人喚問の場に立っていない。何しろ複数の違法行為がたて続けに発覚し、それらの登場人物も多過ぎたもんだから、いったん表にでもまとめて整理し、首っ引きで確かめながら作文しないと頭がゴッチャになってまた失敗しそうだ。ともあれ修正しておきます、うっかり続きでスイマセン。

 私がまだ中学生の頃のこと、学習塾の先生が『いずれはどの国も社会主義になっていくと思う』と話していたのを思い出す。決して政治思想を本題にした場面で、その目的をもって語られた言葉ではなかったことを断っておこう。

 まず自由競争の市場では宿命として経済格差が発生する。
 いっぽう高度文明社会の考え方として、常識的な感覚を割り込むような経済衰弱層に対しては、一時的にでも公共の資本を充てて生活レベルをまず立て直させる措置を取るのが普通だ。
 そのか弱い経済力で切り回す生活が社会の一般構成員としての安泰要件を割り込んでくると、その層域に対してイレギュラーな対応が周囲に発生するし、『そんな厳しい立場の仲間がいるんだ』という事実により社会全体の幸福感が阻害されてしまい、社会の全層域に望まない精神状態が伝播するからだ。
 自由経済下で貧富のバラツキが幅を持っているにしても、知恵ある文明人の社会全体=オオヤケとして、しんどい仲間を助ける仕組みを布くならば、そこは自然のなりゆきとして社会主義のカラーを帯びることになるはずだと。そんな話だったと思う。

 この時代、まだ日本国の人口ピラミッドは三角形の面影を残しており、日本の工業製品は元気に進化発展を続けていた。確かウォークマンが出た頃だっけ…と調べたら、1979年らしいから的中である。
 日本社会はそれ丸ごとが生産性組織であり、第一次産業の急減や第二次・第三次産業の急増などバランスの大変動はあったものの、常に『ナニガシかを作り出し続ける集団』であり、それが社会というものの定義の大前提であった。
 そこで生産した成果物をカネに換算して生活保護の金銭で分配する…みたいなプロセスまでは一切イメージにないまま、何だか生産性組織としての高度社会が力不足の末端を手厚く引張りながら継続していくものだと、漠然と思い込んでいたのだ。

 ま、知らず知らずのうちにそんな感覚を覚えさせるまで到達できていた日本国は、後になって『最も成功した社会主義国家』と呼ばれたりすることになるワケだが。

 いま日本で妙なチグハグ感として引掛るのは、農作物にせよ工業製品にせよザクザク生まれ出て来ている訳でもないのに、経済成長だの過去最高の業績だの調子いい文言ばかり飛び交うところではなかろうか。
 御存知の通り、いっくら好況を吹聴し、デマ煽動のその情報をばら撒いたところで、つまるところ誰ひとり本心に響いていないのだ。
 第一次産業は真先に高齢化による体力喪失で衰退しているし、第二次産業はすっかり中国や東南アジア諸国の製品に凌駕されている。第三次以降の産業はそもそもコト消費だから物品の産出はあり得ない。これでは社会主義化するも何も、分配する元手そのものが日本国内に存在しなくなっているということじゃないか。
 非・生産性組織つまり『何も作り出さない集団』に向かう日本社会は、もう文明的な生活を底上げする平和的な社会主義には、なりたくともなれなくなっている。

 以前にも述べたが、人間食わないと生きていけないことを考えると、複雑怪奇に制御不能となり過ぎたカネ経済と決別した第一次産業回帰の志向は手堅く強まって来ると思う【370】
 この日本列島に暮らして衣食住を確保しようとすると、必然的にそうならざるを得ない。
 『資本主義経済は成長し続けるしか道は無い』とする説があるが、高齢化を迎えた日本社会でそんなものは選択肢にならない。人口全体の高齢化により生産力の消耗が避けられない以上、とにかく元手が減るのだから実質的成長は原理的に不可能である。

 ダメノミクスの一環として、停滞し困窮し続ける日本経済市場に向かって『まだまだやるぞ異次元緩和!』と居直り続けた日銀だが、最近になって態度がぐらつき始めた。
 非・生産性組織つまり『何も作り出さない集団』でありながらも、紙と印刷機さえあれば『カネだけは作り出す集団』にはなれていた日本国、そこに書かれた数字には『文明人の合理的計算に則って生産力と釣り合せます』という理性の保証が付いている。
 カネ生産機関としての日銀はその理性の保証を直接業務としてやり切る立場にあり、いま現実解の無さに腰が退け始めたのだとすると、これはなかなか面白いことになって来た。
 当初あれほど調子の良かった『バーイ!マーイ!ダメノミクス!』、実績が付いて来ないその後も悔し紛れの負け惜しみで『ダメノミクスの恩恵、トリクルダウン』などと嘯いていたが、ここ最近の日銀の発表はその勢いに水を差すものではないのか。
 ここはひとつ、総裁選の候補者討論とやらに出て来てもらって、これまで成否判定の中間報告も無ければ修正もされていないダメノミクスの勝算について、真摯で丁寧な説明をぜひ聞きたいところである。

 中国人の友人が『共産主義というのは元々個人バラツキを気にせず皆で等しく、仲良く社会を回して行こうという優れたコンセプトのはずなんだよ』と話してくれたことがある。実にその通りであり、ナニ主義であろうが人間社会の平和な運営を目的にしていることに変わりは無い。
 粗悪な人間が混ざり込んで、その基本コンセプトを無視してアンフェアに振る舞うのが問題なのだ。

 近年これだけ未解決の不祥事を抱えた与党の総裁選なんかなかったろう。完全公開の総裁選候補者討論会で双方からすっきり解説して理解を得ておかないと、世論の支持がついてこないと思うぞ。
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【667】嘘つきピエロの叶わぬ幻想送り [ビジネス]

 平成最後の終戦記念日を迎えた。
 内閣の靖國参拝はナシ、以前の私は『日本国運営の一端を担う者たるや、かっちり公の身分として靖国神社にお参りするのが任務のひとつだ』と言い続けていたのだが【321】今はもうやめた。
 裁きも受けず罪償いもしていない犯罪者どもに靖国参拝の資格などあり得ない。日本人の一人として、この犯罪者政権の非国民群衆には、一匹たりとも、一歩たりとも境内に踏み込んで欲しくない。参拝せずで大正解だ、褒めてやるから失せやがれ。

 立件プロセスをとぼけ通せば『贈収賄めおと犯罪』の容疑追及から逃げ遂せて、あまつさえトップ職位の座に継続で立候補できるっていうのだから悪い冗談みたいな政党集団である。
 推定される事情を解説しておくと、政治家・役所・司法まで含めた機関横断型犯罪者組織の利権分担組が党内に相当数散っていて、こいつらとしてはまず自党が組織認知症の赴くまま完全犯罪遂行に向かって走り切ってくれないと困るのだと見た。
 もう国民世論がどう反応しようが何の批判を浴びようが、犯罪者組織の構成員には決め事を動かす役者のコマが揃っているはずだから、例によって形だけ法案成立を一方的に主張すれば勝てるとの魂胆であろう。いつもの通り組織を跨いで犯罪者総出で囃したて押し切ってしまえば、全てはそこからのなりゆき任せ。
 どうせ何もかもぐちゃぐちゃになるし、途中インチキ社会情勢調査の捏造情報で申し合わせて法案を組んだとか、それをとぼけて真実と混ぜこぜにして議論に投入し国会を欺こうとしただとか、前代未聞の組織的犯罪の数々は多過ぎるが故ウヤムヤにしてしまえば記憶に残りづらく、いずれ誤魔化し切れるとでも当て込んでいるのだろう。つくづく程度の低い人種である。

 とは言えなんだが、こないだ6議席増の時に『これは必要なことだからやるのが当然』みたいな脳足りんのくるくるパー発言が漏れ出たのが気にはなるのだけれど、『贈収賄めおと犯罪グループ』の一味とはあながち一枚岩にも乗ってない口調なので、ちょびっと興味あるのが茂るビシバッチである。
 『どこまでできるかだが』と中途半端な伏線を張りながらも、少なくとも与党員の立場から『軽減税率を止める』という方向の意思表示をしたのはコイツが初めてじゃないだろうか。

 1.この出口なき暗黒のどん底経済における軽減税率導入のメリットは何か。
 2.いま軽減税率導入を中止した場合のデメリットは何か。
 3.軽減税率が現状案で社会改善策とする根拠、およびおのれの採否判断は?

 発言の端々に聞こえる『国民の幸福への奉仕』『国会の公正な運営』や、『謙虚に丁寧に国民の納得と共感を得る』『自由闊達に真実を協議し決断する』あたりの日本語が、どこぞの世襲のガキの口先三寸ウソ八百と違って、『俺はまるまるガチの本気だ』と宣言できるようなら、そして『自党の不始末の責任を負って絶対に軽減税率を廃止に追い込む』と啖呵切ってコトバ通りやり切るのなら、応援するぞ。

 少なくとも近々には、改憲論議など到底ムリである。
 証言を拒否し続ける『贈収賄めおと犯罪』の被疑者や、『国家意思決定の場における捏造・隠蔽』を主たる手段とする犯罪擁護組織ごときが、日本国憲法に一文字たりとも触れる由縁など無い。
 一旦は改憲論議を凍結で棚上げし、日本国の課題アイテムを減らすのが賢明であろう。

 現行の日本国憲法条文にある日本語表現に問題があるのは確かだ。
 我々日本国民は国家安全保障の将来像を固めつつ、同時に『憲法記載の日本語ありき』ではなく、将来において万一現実との乖離が起こった場合には、いち早く必要な処置を考え始められるような機能性文章を組まなければならない。
 ここを変えないと、思考停止型の九条盲信に端を発するムダ論争は無くならないと思う。それはその通り。

 だが一般国民の国家参画意識とまるで関係の無い個人的な因縁で『自分にこそ改憲の名誉を』と執着する身の程知らずの馬鹿ガキがいたとして、これが前時代式の『リーダーポスト=組織の支配者』みたいな勝手な勘違いで舞い上がり、改憲の国家課題を私物化してしまっては国民みんなが大迷惑する。
 『ポクちゃんに改憲やらせてくれたら、還暦公務員の特待身分制度を新設させてやるじょお』
 何が3年任期に耐える気力体力があるかないかだよ、せめてやらかした罪を洗いざらいゲロって真面目に償い身ぎれいにしてから、そのへん気にした風を口走れっての。

 『改憲』なる国家組織運営の歴史的操作は、この機会に『腐った血筋の家宝目当て』という忌まわしい動機からすっぱり断絶させるべきだ。
 イチ国家として自然な問題意識で取り上げるならば、『改憲』に率直に感じる必要性だけで国民は普通に関心を持って議論を始める。その議論を尽してフェアな多数決で回答を導き出す、それだけの話である。
 元の動機が奇妙な個人事情含みなのが判るから、国民みんな自然な流れで改変検討に同調しないのだ。そこも承知しているクセの諦め起点で、まず国民を切り捨てて改憲の強行だけに狙いを絞ったので話が混迷している。議会の過半数さえ取れるなら、国民の生活なんぞどうなろうが知ったこっちゃない、と。
 そのボロさを役所化けの議席数ゲタ政党につけ込まれ、軽減税率+還暦公務員という役人特権階級の理想郷、逆福祉ニッポン化の社会転覆政策に手を汚す役回りになったってことさ。余計な関心事をでっち上げるヒマがあったら、もう一回のオマエを筆頭に、やり残した証人喚問を片付けていくのが先だろうが【633】

 これまでの政党としての所業を振り返るに『所詮は』の枕詞がついてしまうのだが、まあ総裁選の候補者討論とやら、面白そうなので是非やってもらいたいところだ。
 何もかも無かったことにしたい世襲のガキは抵抗するだろうが、もう黙って隠して、日本社会が無気力・無関心で済ませてくれる時代ではなくなっている。とにかく引っ立てて了見を問い質し、月並な表現だが『逃げ得は許さない』社会風潮で追い詰めて然るべきだと思う。

 なるほど他の連中みたく辺りをソワソワ見回して発言がころころ寝返るタイプでもなさそうだし、どちらかというと嫌いなタイプの印象ではないな。
 そんな訳でしばし、ビミョーに私はビシバッチの味方についてみることにしよう。
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【666】ひとりよがりブラック就業セレブの余命予測 [ビジネス]

 この時期なので、もう少し戦争の絡む話をしようとも思ったが、終戦記念日まで日があるのでこっちの話題から。
 かねてからNHKが『オープンジャーナリズム』というコトバを使っている。一応『これこそがオープンジャーナリズムです』という流れで構成した番組もあり、『あなたの情報が社会を変える』とも謳っている。

 残念ながら『社会のあらゆる利害関係や権力構造から自由な立場にある、公正中立の正真正銘ジャーナリズム』という本来意義の議論は皆無で、所詮は『マスコミ関係者でない一般庶民が声を上げられる時代ですよ』的なヌルい解釈に終始しているのが現状だ。
 ただ『オープンジャーナリズム』の文言それ自体も、『マスコミ関係者以外の発言力が効く時代だ』とする宣言も、それすらやれずに犯罪者政権の言うがまま隷従し続ける民放各社には大きく水をあけた感がある。
 本来、国政からは独立した社会勢力体系だったはずのマスコミだが、長引く不況に乗じてダラダラと公金注入され、実に端から端まで洩れなく国政に屈服するデマ流布媒体群となっているのが実情だ。NHKはそもそもが公共放送なので、この局面で改めてシッポ振って首輪を繋がれるような体たらくに陥ってないところが救いになっているのだろう。

 この時節なので、行ける人は芦ノ湖のパール下中記念館を訪れてみてはいかがだろうか。前日までに見学申請が必要なので、御注意されたい。
 特にマスコミ従事者の方々、『広告には気を付けなさい』の戒めは是非一読しておくことを勧める。あの時代に既にここまで解っていて、今の自分らがどれだけみっともなく狂っているか恥じ入る常識に立ち返れると思う。
 かつて『フェアネス』の信念だけを拠り所に、周囲全員を敵にまわして裁判の場で『日本国に邪念を見出して裁くな』と情報発信したインド人判事がいた。敗戦で発言権の所在をもぎ取られた日本人に代わって、真摯に事態に学び明るく未来を見据えて、人類文化の進むべき方向を示唆したのである【164】
 その貴重な事実を綺麗さっぱり忘れてしまい、高度経済成長期のお祭り騒ぎに浮かれて国家組織の継続性管理をわざと面倒ゴトにして他人事に押し付け合って、自分らの悪い頭で勝手に修復不可能と諦めるほどにまで事態を悪化させたのが今なのだ。
 ちょこっと嫌がらせされるのが恐くて、どんな汚い邪心にもまるで抵抗せず言いなりに従い、その褒美にカネだけ恵んでもらえば後はもう何もかもが他人事。『武士は食わねど高楊枝』が正しいとは言わないが、次世代を担う若い仲間をないがしろにして平然と安穏の風を決め込む神経には呆れるばかりである。
 こんな社会風潮を次の世代に申し送れるかってんだ、心の底から軽蔑する。高齢化で一斉に老衰したダメ老人が日本国の破綻を勝手に申し合わせて、薄汚い惰性の余命消化試合に若い人を巻き込んでいるだけじゃねえかよ。

 御本人が命を落としているので言葉に気を付けねばならないが、少し前『カネしか無い老人の末路』の悲惨な実例を披露してくれた方がいた。
 恐らくは、この世の誰ひとり腹を割って胸の内を打ち明けられる相手がいなかったのだろう。『異性の気を引く目的で蓄財した』とする公言が本当だったとしたら、そりゃあその目的が達成されれば財産目当ての異性ばかり山ほど寄って来るさ。

 以前にも述べた通り、カネは『経済社会の価値交換媒体だ』という基本を忘れてはいけないと思う。本来は社会に流通する価値事物に釣り合う分量だけが出回り、価値交換取引の発生に応じて必要ぶんが適宜に準備されて、人手を渡っていくものなのである。だからこそカネには固有名詞もついてなければ履歴書もぶら下がっておらず、誰がいつどこででも価値事物と交換可能なお約束なのだ。
 古今東西あらゆる経済社会でカネが盗まれ、奪われ、騙し取られる理由はここにある。だから最終的に手にしたい幸福事象が無いまま行き場のないカネだけ抱え込んでしまうと、付き合いの輪に入って来る人たちの目的意識に一方的な憶測を巡らせて、『コイツって絶対にカネ目当てではない』と好意的に断ずる思い切りができなくもなるんだろうな。
 使いもしない贅沢品とカネがあり余る荒廃した部屋の様子を背景に、誰にも腹を割れず、故に誰にも腹を割ってもらえず、殺伐とした生気の無い風貌で心休まらない寂しい暮らしを送る姿はあまりにも痛々しかった。そう、カネっていろいろと怖いのである【594】

 せっかくふたケタ億円もあったのなら、全国で停まることなく増加しているという『こども食堂』にでも出資すれば良かったのに。子供たちからプライスレスの御礼やプレゼントなどなど、類まれなる幸せに囲まれて寿命一杯を過ごせた可能性は高い。

 私が大好きなのは宅急便を開発したヤマト運輸の故・小倉昌男元社長の話である。
 社長の座を退いたのち持っていた自社株の大半を売却、その二十余億円をヤマト福祉財団の設立基金に充てた。さらにお住まいの邸宅がもう広すぎるとして、御自身は賃貸マンションに転居している。そう、人間どう頑張ってもその瞬間をふた部屋以上で過ごすことなんかできないのだから。
 そんなこんなのヤマト福祉財団は、障害者の雇用で健常者と遜色のない収益性を上げるパン製造事業を立ち上げた。
 それまで不運の境遇に閉じ込められ『生産性なし』と決めつけられていた社会層を、見事に経済社会の立派な一員にまで仕立ててしまったのである。確かにこの時期、障害者関連の議論が社会の陰から陽の当たる側に転じた印象が記憶に残っている。

 本当に凄い人だと思う。能力開発に興味ある人間として心から尊敬し、ひたすら憧れる。
 こういうのを『生産性改革』『働き方改革』と言うのだろう。

 おっと、分量が中途半端になったので続きは次回に送るが、そもそも自分の生活に何がどこまで必要かも考えず、撒き餌のカネに喰い付いて首輪をつけられる理由について、少しくらい考えてみてはどうかと言いたかった。
 こんなもの一蹴で淘汰するオープン・ジャーナリズムの活性化については、以前から特に若年層に向かって焚き付け続けているつもりである【439】

 人事院が『還暦公務員の定年を65歳にしたい』という意見書を出したってよ。国会の会期外だからって油断してはなりませんぞ。
 こういう姑息な手、常に晒して世論に反映させる手法を考え出してくれないか、野党たち?
 まだまだ期待している、日本国民の総意をコイツらに突きつけてやろうじゃないか。
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【665】ピカと花火と宇宙旅行の進化論 [ビジネス]

 舌の根も乾かないうちから、前回さらに計算を間違えた。終戦が昭和20年で、私の沖縄初渡航が昭和60年前後だから、私が見たのは大戦から二十数年後ではなく四十数年後の現地である。
 言い訳をしておくと、初渡航のあと沖縄は急速に変わっており、平成になって仕事で再び沖縄を訪れた時かなり広範囲を走り回ったのに、もう戦時中を連想させる風景には出遭えなかった。やはりというか、昭和47年=二十数年後までの期間は、終戦直後からの変化代が、まだまだ随分と小さかったんではなかろうか…という思いを巡らせつつ、書き間違えました。

 この時節まさか私ごときの体調のハナシも場違い過ぎてできないし、月並ながら戦争関連の話題で行くか。今年も広島8月6日、長崎8月9日の原爆の日を迎えた。
 良いか悪いかは別にして、いま日本は国際社会において、行きがかり上、核兵器の存在を否定できない立場であることは御存知だと思う。どこかの声明発表の領域では少々思い切りの良い文言を使えても、さすがに核兵器禁止条約への批准となると、実情との矛盾がマトモ過ぎてやれないのだ。

 さて核兵器といっても、厳密にどこまでを指すのだろうか。
 酷い例えだが余計な他意は無いよとまず断って、いま原発が安全だ安全だとこれだけ吹いてまわる人間がいるのだから、いずれ原子力豪華客船なるものが開発されたとしよう。コイツは日本に入港自由な一方、並走する原子力航空母艦は非戦闘態勢であっても出禁にするのだろうか。
 いや、作戦を終え負傷兵を乗せて寄港してくるのも、『戦闘態勢完全解除』の定義がハッキリしないので受け入れられないなどというのだろうか。負傷兵の手当ては軍事活動ではないか…とか。

 こう書いたところで、よく考えていただきたい。米海軍の第七艦隊で有名なエンタープライズ級、これが退役して現行のニミッツ級が就役しているが、いずれもほぼ同じく全長330メートル少々だから、東京タワーと同じくらいの尺である。
 大海原にこの大きさの艦内空間が浮かんでいて、その中央に原子炉が常時稼働しているのですぞ。居住区と何メートル離れていて、どんな遮蔽構造になっていて、艦内のどのへんでどのくらいの線量なのだろうか。搭乗員は何を基準に人選され、いかなる腹を括って任務に服するのだろうか。
 燃料補給なく洋上作戦の継続が可能な原子力空母だが、その名の通り原子力プラントまる一基であることを思い出すと、その運用負荷の重さはただゴトではないと気付く。

 だが、これをもって『けしからん!原子炉を降ろせ!』なんてことになったら、実は運用可能な航空戦力が壊滅的な打撃を受けるのだ。
 燃料も火力も満載した重いジェット軍用機は高い離陸速度が必要なため、甲板に設置されたカタパルトで強制的に急加速させ空中に撃ち出すのである。普通に滑走路を走ったら、1キロあっても全然足りない。
 作戦装備の整った艦上機を次々と空中に放つだけの莫大な高圧蒸気を得るためには、実は原子力空母でなければならないのである。お隣の大陸で、原子力でも何でもないロシア製の退役空母を改修・再利用しているが、あれでは単に空荷のジェット機が自力で発艦できるかどうかの際どすぎる勝負となり、めでたく飛んでも作戦巡航や火力携行など夢のまた夢でしかない。
 だから、なりふり構わず南沙諸島をあの勢いで実効支配に持込み、あっという間に軍用滑走路を敷設してしまったのだ。まともに使える軍用機が、飛行場から発進できるようにするために。

 動力源としての西側核技術は、弾頭のような殺傷性というよりもむしろ、圧倒的な抑止力の稼動ポテンシャルとして作用するものであり、あながち否定だけして平和に近づくとも思えない。

 そしてその核弾頭について続けてみよう。
 自律飛行の無人攻撃機なんか無かった米ソ冷戦時代、爆弾仕立てにして戦略爆撃機に載せ、敵地まで運んで落として帰ってくるというのも大概タイヘンな作業になるというハナシはした【420】
 小型軽量化の限界が結局ネックとなり強力な核弾頭の開発は衰えたのだけれど、もしその小型化が実現していたら、人間がミサイルに乗っかって100キロ上空を地球半周ほど飛び、弾頭だけ敵地に落とす…という軍事作戦案が存在していたのである。『対蹠地爆撃』と呼ばれるもので、まだ大陸間弾道弾ICBMが無かった時代のことだ。

 その実験機がノースアメリカンX-15である。速度記録はマッハ6.7、有人航空機の最高到達点として今なお破られていない。
 ロケットエンジン4基を束ね各々がON/OFF選択できるのみという男前な推進力で、さすがに高度100キロとなると翼による操縦が怪しくなるため、機首の上下と主翼両端の上下に姿勢制御用噴射ノズルを備える。
 こんなロケット花火みたいな飛行機だから、B-52爆撃機の翼下に吊り下げられて離陸し、空中で切り離すとともにエンジン点火、かっ飛ぶだけかっ飛んだら滑空降下して着陸するだけのものだった。
 要は大気上層まで突き抜けてまず空気抵抗を避け、超高速で一気に敵地上空に到達して降下・爆撃し、そのままの流れで離脱したかったのだ。当時は有人宇宙船の開発でソ連が一歩先んじており、米国はとにかく超・高々度の実用軍事技術の開発を急いだものと思われる。
 結局、搭載する核弾頭はできてこないし、この技術開発はママ実用化とはならなかった。

 だが勘の良い方は既にお気づきのことだろう。ここで育まれた技術こそが、後にスペースシャトルに活かされる。
 実験のたび大気との摩擦で酷い熱害にやられたX-15は全金属製であった。これが耐熱セラミック開発の技術ブレークスルーを得て、大型機スペースシャトル・オービターの大気圏再突入を可能にしたのである。
 妙な縁だが、もしこの世に核弾頭が無ければ対蹠地爆撃も発案されなかったし、スペースシャトルによる大気圏貫通の物流概念も現実にならなかったかも知れない。

 非核三原則なる明文化情報を掲げて判断基準を固定し、現実の出来事を照合しては良いの悪いの判定を各自でぶつけあうような議論は、あんまり建設的とは思えない。
 技術には殺傷能力を目的とする一面が常にあるのを認めつつ、本当にその目的事象が起こらないように学んで知って考えて、発展的平和の実績を結果として自分の手で刈り取っていく強い意志こそが必要だ。

 都合の悪いことに口を閉ざす程度の幼いアタマで、この国を守り抜くのは無理である。
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【664】遠くギラつくセピア色の猛暑 [ビジネス]

 まず失敗と修正の御報告から。先週まで、一時期タイトル連番が違っておりました。
 本来【660】とするべきところを【670】と打ち間違えてしまい、それ以降の連番が10ずれてしまっていたのである。あれれ?と思った方、失礼致しました。
 ここ最近、移動中の電車の中などラップトップ持ち出しで細切れ時間にゲリラ作文する頻度が上がっており、つい畳み際に数字を間違えてしまったものと思われる。まあそれが叶う便利な時代ゆえの失敗といえよう…と言い訳して、連番を修正して、おしまい。

 では本題。
 この季節、毎年思い出すのが初めて沖縄を訪れた時のことだ。昭和60年代、私がまだ大学生だった頃の話である。
 これも若い人には意外かも知れない。日本国の無条件降伏により大東亜戦争が終焉を迎えたのが昭和20(1945)年8月15日なのだが、そのあと沖縄は昭和47(1972)年まで米国の施政下にあった。
 早い話この私が7歳になるまで、あの島は北米の一部だったのである。米軍基地がどうたらもこうたらも、真剣に戦勝国たるアメリカ合衆国の持ち物だったんだから、そりゃ太平洋西岸の国策として彼等のやるべきことはやるさ。
 わかりやすくは、この昭和47年まで沖縄島内においては、左ハンドルの自動車が道路の右側を走っていたのだ。私は、白黒テレビが報じる沖縄返還のニュースを憶えている。もちろん返還の当日、一斉に自動車は左側通行に切り換えられたのだ。

 内地の都会のド真ん中で暮らす子供にとって、沖縄は現在よりも遥かに南洋パラダイスの異国情緒をかき立てる夢のリゾート地であった。真っ青な空と海に真白な砂浜、自分たちの生活空間ではあり得ない、信じられない自然の美に憧れたものである。
 何しろ当時の日常ときたら、校内放送が流れるや校庭の真ん中に光化学スモッグの注意報や警報を示す旗がしょっちゅう立てられていたし、電車に乗っていて河川の鉄橋が近づいてくるのがドブ臭で事前に感知されたりもしたものである。一帯の住宅地の人々は、あの空気の中で暮らしていたのだと思うと恐れ入る。

 大学生になった私は、生協が企画する沖縄ツアーの広告を見つけるや、迷うことなく参加を決めた。今になってみれば、沖縄返還からまだ10年ちょっとのことである。
 これがまた学生向けにコストを下げた結果なのか、沖縄本島で観光地を巡るのではなく、津堅(つけん)島という離れ小島の民宿に滞在し、2泊だか3泊だかでただ日々を過ごすという内容であった。まだ大手の観光業者も来ていない時代で、遠浅ではないにしろ真白なビーチが貸切状態で好きなだけ泳げる。
 いま思えば、逆にあんな贅沢な時間の使い方をするツアーはそうそうお目にかかれるものでない。日陰でも死ぬほど焼けてしまい熱を出して寝込むまでになるので気を付けろ、と言われたものだ。

 集落ひとつぶんくらいの小さな島なので、買い物は郵便局兼よろず屋さんみたいなのが1軒あるだけで、全てをそこで済ます。
 駐在所があったかどうか知らないが、まともな警察なんか見かけなかったし、潮風で錆だらけになった軽トラを小学生が運転していた。だからだかどうなんだか、島じゅうの家の塀は角が車に擦られ削られて丸まっており、まあ何というか、昭和の呑気な治外法権の1シーンである。
 漁業で生計を立てているのかと思いきや、島の主産業はにんじん畑とのこと。確かに、毎回の食事で出て来る熱帯魚たちは『不味くて完食できない』どころか、手を付けた瞬間から戦いが始まるような厳しさで、この初回にて私は『南洋で海の幸を期待してはいけない』という教訓を得るのだ。多分ジャクソンホールの鹿ステーキに勝っている【360】

 反面、ここで見た夜空の素晴らしさは一生忘れないと確信している。空気が澄んでいるため水平線ギリギリまで天頂と変わらない星空が拡がり、ギラギラと光の粒をまき散らすような航跡が見えたので、誰か花火でも上げたのかと思っていたら、別格に派手なだけの流れ星であった。
 道中の船のデッキで見飽きることなく朝まで眺めた夜空と共に、文句なく私の星空ウォッチング歴で生涯ベストの想い出となっている。島で夜に外出して浜へ出るにあたっては、ハブのいそうな草むらに注意を払う必要があるのだが。

 津堅島に渡る前段階の沖縄本島まで本土から船中2泊のフェリー便で往復したのだが、今の時代でも船便が可能なら、一度は体験しておいて損は無いだろう。
 少々大きい船でもたかが200メートルくらいなので、ものの2~3時間で船内を歩き尽くしてしまい、その後の退屈凌ぎのタイヘンさは他で滅多に味わえるものではない。豪華客船のアトラクションがやり過ぎなくらいやたら派手に見える理由は、一度船中泊を体験すれば簡単に納得できるはずだ。あの精神状態は独特のものであり、大航海時代の船員統率ってまさに死活問題だったのではと実感できる【126】
 最近の事だから、デッキの隅々まで歩き回る自由が無さそうなのが悲しいが、昼間は常に側舷からトビウオが驚いて飛び立ち、時々イルカの群れが面白そうに寄ってきては、船と並んでひとしきり泳いで去って行く。
 夜に陸から遠く離れた漆黒の海上で見る星空は本当に素晴らしいが、大型船だとどうしても煙突が邪魔になる。でもやっぱ今どき夜となると、もうデッキは間違いなく立入禁止かなあ。

 終戦間近の頃、太平洋を渡った米軍が侵攻してきて、沖縄は日本国にとって本土決戦の場となった。戦史を語る遺品には出遭えなかったが津堅島も激戦地だったらしい。

 那覇から復路フェリーに乗る最終日の日中だけ、沖縄本島を観光できた。バスの車窓から、銀色に光り輝くさとうきび畑が遠く一面に拡がる景色をよく憶えている。恐らくは『さとうきび畑』に歌われている光景そのままである。
 飛来したグラマン戦闘機が何度も機銃掃射を繰り返し、上陸してきた米兵が火炎放射器で全てを焼き払った、その僅か二十数年後の現場を私は見ている。行っておいて良かった、見ておいて良かった。

 時々思い出すのだ。
 ぎらんぎらん暴力的に照りつける太陽を『暑いなあ~』と見上げると、本当に現実として、その青空から狙い撃ちされた人たちがいた。暑さをこらえて壕に逃げ込んだところを火で焼かれた人たちがいた。
 今こんなに平和に暮らせている幸運はタダではない。そして自分らの世代でだらしなく擦り切らせて、次の世代に壊れ物を押し付けるようなことがあってはならない。

 この国を守り抜くだとか、犯罪者風情が軽々しくウソっぱち抜かしてるんじゃねえっての。
 この季節、犯罪者どもには迂闊なコトを口走る権利など無いことを確かめておきたい。
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【663】続『ソイレント・グリーン』の時代 [ビジネス]

 『おめでとうございます!Googleをお使いのあなた!』
 ここ最近、ブラウザーの表示領域がいきなり真っ白になるや、こんな表記の画面が割り込んでくる。恐らくはここの更新作業のたび毎回だと思う。
 まあ全然何てコトはなくて、
 『Googleユーザーのあなた、おめでとうございます!1件のGoogleギフトが当選しました!』
というベタな釣り文句を真に受けて、言われるままに個人情報を入力していくのはやめときましょうねという程度のやつだ。

 それにしても、普段から電子新聞を始めいろんなサイトをこのブラウザーで開きまくっているのに、他ではまず現われないのだが、そういう場合分け設定ってどこかの誰かがどうにかすれば可能なもんなのだろうか?いや、ただの偶然だとは思うのだけれど。
 私は詳しくないし知りたくもないので放置するが、心得のある読者さん方、大体どこでナニが起こってそうか思い巡らせて、どっかそこらで話のネタにしてくださいましな。

 さて今になってみると政界のスキャンダル連発が先行していて、スポーツ界が後に続いている構図だったのだが、『ボケ老人のママゴト力関係、解体!』の社会風潮が形作られてきたのは良いことだと思う。
 何しろママゴトなのだから現状どんなに厳しい『鉄の掟』に見えようが、結局は『ワシが偉いことね~、指図できることね~、何でも言う通りがまかり通って、神輿担がれてトクすることね~』と厚かましく言い張るボケ老人がいて、組織というものをよく理解しない御近所付き合い気分の取り巻きヒマ人が、呑気にそれを許しただけの関係でしかない。
 だから押しなべて、狭い馴れ合いウチワ内々のみぞ知るローカル・ルールになっているのが世の常なのだ。

 いつもの通り、結論から行こう。
 『オマエは偉くもなければ他人に指図する筋合も無い』と公衆の面前で明言し、その瞬間をもって根拠の無い優遇措置や指示命令権は一切無視すればよろしい。
 いま少々難しい漢字の長い肩書なんぞあっても気にする必要は無い。それとて、ただのママゴトお道具の文字列だ。
 どうせ意味なんか無い以上、今ここでと決めたら、論より実行でまずストンと断絶してしまうのが一番早い。

 組織表のもと冷静に協力体制を組める人間が、まず思い思いの効率的な業務処理に取り掛かり、過去の得体の知れない慣習は綺麗さっぱり停止・廃止していく。
 おっと、だからって慣習の記録は破棄しないように。負の遺産が発掘されるたび、過去の物証を洗って責任を追及し、組織認知症患者の冥土の土産を軽くしてやるのが組織のため社会のためというものだ。
 主犯格が複数でつるんでいて残党が抵抗したり、主犯格に取り入って居場所を恵んでもらっていた寄生虫がぐずったりはあるかも知れない。でも見て御覧な、『なんたらのドン』みたいなフカシ入れてたボケ老人ども、すっかり見る回数が減ったこと。
 もちろんコイツらのカネや権力への執着心は精神異常レベルだから、今も社会の迷惑をやめ切れているとは思えないのだけれど、少なくとも従来いい気で我を通していた社会空間において、もうそんな態度は許されなくなっているということだろう。
 民主主義国家・日本国の生産力をまず浄化し回復させる流れ、日本社会のあらゆる面で強まってくることを切に願う。

 ところで実に先月、テレビ放送で久し振りに『ソイレント・グリーン』を観た【139】
 愕然としたのは、またしても私の記憶のデタラメっぷりである。ジャーナリストって誰だよ?
 これまた話題にした本質的内容は十分に命中しており、面白いのでこのまま詳細検証に触れず放置するが【526】、改めて見直して、やっぱり高IQな恐怖の心境が背中上空に被さってくるような映画である。

 劇中、希望者は列に並んで受付窓口に自筆の書面を提出し、いくつかの質問に口頭で答えて安楽死シートに案内される。そう、この概念の設定は『アリ』だと思う【618】
 ちょっとだけゴメンナサイのネタバレを突込んでおくと、舞台は人口が4千万人に達したニューヨーク。その構成比率のどのくらいに相当するかは語られないが、どう見ても大多数が雨風だけを凌ぐ廃墟に、足の踏み場もないくらい密集し累々と横たわって時を過ごすだけの市民たちである。
 その時代設定は2022年。日本では、『浮動小数点演算回数の尺度で測る限り』という注釈付きだが、人間の脳相当の情報処理能力を持つエクサスケール・コンピューター『ポスト京』=スパコン『京』の次世代機が起動する予定の、今から4年後だ【555】

 いずれ人工知能の急発達によりシンギュラリティが到来、そこから、それが終着点かどうかはともかく二極化の社会が到来するとする予測がある。
 第一極は、創意工夫や課題達成なる生産的人間稼動を楽しんで過ごせる極く少数の社会層。もう一極は、人間としての稼働力を全て機械に上回られ凌駕され、薄らぼんやりと無意識状態でただ生きるだけとなる大多数の社会層。
 私もこの未来像にはかなり賛成なのだが、そうなった社会の具体的な光景はあんまり思い描いていなかった。

 『これがそうかも知れない』という気がしたのだ。
 特に後者のほう、意識活動を放棄した惰性存命層が無限にダブつく光景は、既にこの現代日本社会の日常シーンを幾つか連想してしまう。

 4年後、文字通り『ソイレント・グリーンの時代』がやってくる。
 その薄暗い未来予測を的中させないため、いま組織認知症患者があちこち仕込んだママゴト力関係は、社会風潮の波に乗せて一掃してしまいたい。
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