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【658】大盤振舞い先鋭テクノロジーの贅沢な毎日 [ビジネス]

 さて『風立ちぬ』の劇中で目立つのが、飛行機の逆ガル翼だ。
 皆さん夏の海の絵を描いたら、上に凸の山をふたつ繋げたカモメのシルエットを幾つか飛ばすでしょうが。
 あれがカモメ=ガルだから、逆ガルとはシルエットがW字型になる主翼のことをいう。

 大戦中、実機での採用例は意外と多く、米軍のシコルスキー製F4Uコルセアなんかが見た目も極端だし有名、面白い所では七色星団においてドメル将軍の瞬間物質移送機を使った急襲作戦で、宇宙戦艦ヤマトに襲いかかった雷撃隊も逆ガル翼機で描かれていた。宇宙空間で主翼が必要かどうかという野暮な質問は呑み込むとして、胴体まるごとが魚雷になっているかのようなデザインが印象的であった。
 まあ主翼がW字型に折れているというのは、とりあえずインパクトがあってカッコ良く見えるのだが、何故こんな形状にしたがる設計思想が湧き起こるのだろうか。

 例によって結論から行こう。何より下が見たかった。
 …ええっ?そ、そんな理由で飛行機の命とも言える主翼を曲げちゃうワケ???

 答はYESである。
 当たり前だが主翼は真直ぐにして、一直線の主桁を通してやるのが断然に効率の良い設計となる。激しい運動能力を要求される戦闘機なら尚更だ。

 だが単発の低翼機は下が見えない。だって操縦席のキャノピーは主翼の真上だもん。
 飛行機を正面から見て、ぶっちゃけ円断面の胴体があったとして、主翼が円のてっぺんに沿う接線以上になるのを高翼機、円のド真ん中を貫く横一線になるのを中翼機、円の底の接線になるのを低翼機と呼ぶ。胴体断面円の中心にプロペラ軸が来るとして、主翼を真正面から引張れる中翼機が最も素直なレイアウトであり、これだと胴体と主翼の位置関係で決まる『干渉抵抗』なる空気抵抗も最小限に抑えられるのだが、どうして大戦中の単発機は低翼型が圧倒的に多くなっている。
 低翼式なら、主翼の中央を左右一直線で通す主桁が操縦席と場所を取り合いすることもなく、短い着陸脚を平たい腹面に引込めることができるからだ。

 では下が見えないと、何がどのくらい困るのか。
 一番の問題は航空母艦への着艦にあたり、事故率が高くなることである。飛行機は機首を下げて着陸するのではなく、逆に機首を上げて迎え角を大きくとって着陸するのだ。旅客機なんかでも必ず翼下の主脚の方が先に着地するでしょうが。
 九六艦戦でもゼロ戦でも形を見直してみていただきたい。熟練を積んで、殆どカンで相対位置を合わせ込んで、空母の制動策に着艦フックが引掛るタイミングを計って飛行機を落とすようなものである【460】
 『大戦中の艦上機の15%が戦闘ではなく発着艦時の事故で喪失した』とするデータもあるのだ。敵もいないところで飛行機1機失えば、さらに運悪くパイロット1名までも失えば、これほど馬鹿馬鹿しい損害は無い。お判りかな?
 従って逆ガル翼機は海軍の艦上機に採用例が集中している。ただゼロ戦は軽量化を最優先で一直線に伸びた簡素で素直な設計となっている。
 逆ガル翼により、下方視界を向上させるとともに固定脚を短く軽くした九六艦戦は、確かにアバンギャルドな効率的設計だったと言えるだろう。

 あんまり深入りすると、ただの飛行機の話になってしまうので『風立ちぬ』に戻ろう。
 作中を通じて感じるのは『優れた技術者は自案の独占にこだわらない』とする『技術のこころ』である。コピーされるのを恐れて堀越・本庄両技師を威圧する現場作業員をなだめたユンカース博士は、惜しみなく自分の技術を開示する役回りだったし、作業点検口カバーの新構造を思いついた堀越技師は、それを図面に引いて本庄技師に『僕のアヒルには間に合わなかったんだ。使ってくれ』と気前よく手渡した。そりゃ早く現物の実用作動が見たいもんね。

 ここまでストレートに描いてくれた作品は他になかなか思い当たらず実に痛快なのだが、その痛快なる一言で断ずるなら『ああ、できるヤツってそんなもんだよ』といったところか。

 随分と前になるが、いわゆる『メーカーさん』がウチのライバル社の仕様提示をクリアできなくて困っていたところに知恵を貸したりもしたものだ。もちろんプロの技術者が技術検討に取り組むのだから、ガチの本気で『私の考えるベスト解』を提案した。これでやれば解決できるはず、どうぞ試してくださいと。
 いずれ自社が類似あるいは同様の課題に直面した場合があったとして、ライバル社が先んじて私のアイディアを実験してくれているものだと解釈する。やはり実験を経て、現実として結果事実を手に入れるというのは、技術思考の最強の確信根拠だと思う。
 ウェルカム、こちとら楽しんでやってるんだ、むしろ有難い。

 私の提案が現実として動いた場合は、ある意味義理の必然的に私の耳にその顛末が届く訳だが、ここは礼儀として、一切聞かなかったことにして墓場まで持ってくのは当然である。
 新たな問題が発生していれば発案の責任を負ってとことん相談に乗るし、もっと凄くなる発展案を思いついたらこちらから追加提案も差し上げる。更なる技術の進展を、この現実の出来事として確かめるために。
 こうやって業界の中で、手の届く限り広く、全知全能をかけ技術を育てて、そこから自分は必要になったところを必要なぶんだけ使えば良い。
 技術エクセレント層だけが理解して実践する特権のはず、ジブリは何故これを知っている?

 よこしまな心で他人の成果を横取りしようとする人間が存在する以上、知的財産の所有権に関わる概念を否定する訳にはいかないのだが、元来はそういう悪者がいない社会で、どんどん自分オリジナルの案を転がして楽しむ姿が技術者の理想像なのだと思っている。

 さてと。今回もこんなところで切ってみるかね♪
 まず、皆の底上げに手を抜かない。これは組織生命力の健全保証として必須項目だろう。
 …ってことを納得してもらって、予定通りならあと一週間だが、真直ぐ頼むぞ野党たち!
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