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【610】組織カンブリア宮殿 [ビジネス]

 上等の活け牡蠣をいただいた。
 牡蠣は亡父の大好物で、かつては帰省の度に付近の産地に出掛けては数十個をまとめ買いして持ち帰り、何日にもわたって家族で牡蠣ばかり食ったものである。
 よって牡蠣をさばくのはお手のもの、殻の一角をラジオペンチで折り取って二枚貝に隙間を作り、そこから牡蠣剥きナイフを突込んで、貝の蝶番を上にして左寄りにある貝柱の天井沿いを切れば良い。
 得意になって次々さばいていたら、油断して左親指の付根を貝殻で切ってしまった。血がにじんだが小さな傷だし作業を続ける。あー畜生、あとでちょこちょこ痛くて気になるんだろうな。すると…

 流水ではないにせよ濡れているのに1分するかしないかで血が止まった。数分後に作業を終えタオルで手を拭く頃には、血でタオルを汚す気遣いも全く不要となる。
 そのまま二階に上がって机のパソコンに戻ったのだが、この時点でもう手を切ったことは忘れてしまっていた。

 せいぜい半時間後に傷のことをふと思い出してよく見直してみると、確かにごく浅い数ミリの切り傷が走っているものの血は完全に止まり、痛みも殆ど消えている。

 …このチカラに昨年末から頭の中心をぶっ叩かれたのか。そりゃ手強いはずだわ。

 そう思った翌日、たまたま両手をぐいっと握り合せた瞬間にずきっと僅かな炎症痛を感じた。再び確認してみると、切り傷としては塞がっているが今度は赤くなり微かに腫れている。
 なるほどー。損傷直後の緊急修復がまずなされた後、次いで損傷部位を恒久対策するために、免疫システムが壊れた体組織を廃棄処理にかかっているのだ。
 ここで正しい処置は『こんなの大したことない』で放ったらかし、トカゲの尻尾を切ってしまう決断である。切ってしまえば100%再生して元通りになるからだ。

 例えば『すぐに痛みを消したい』『いま赤みを取りたい』という、感覚や外見の情報入力に対する過剰反応で抗炎症剤=免疫抑制剤を使うと、確かにこの廃棄処理プロセスに伴う見かけと痛感は消失する。
 だが本来トカゲの尻尾として決別すべき体組織と、騙しだましの馴れ合い共生を続ける体質に陥っていくのだ。だから以前、私の眉毛はやたらに伸びていたのだと思われる【605】
 健全な本体が健全であり続けるためには、止む無しダメージには腹を括って受容れる一方、決別すべき損害部位は体力を費やしてでも廃棄し、それで落ち目のひとときを過ごす一定の修復期間に甘んじる必要があるのだろう。心得た。

 ここで重要なのは『健全な本体が、健全であり続けるため』という目的事象である。
 ナニが健全で、ナニが健全でないのだろうか?

 ここに、どっかの誰かが考えた人道主義や倫理観などは無力であり、要は『組織の自我が納得する=ガチ文句なしの過半数支持』が全てだ。
 だからだが、この本体クンにとって過半数支持の健全作動が叶ったとして、その結果が周辺環境にそぐわないものだった場合、本体クンが丸ごと生存に失敗して死滅する。そうやって、この世の生物たちは淘汰され進化を繰り返して今日に到っている。

 では質問。
 どこぞの役所のあほな親玉が、通信記録を1年で破棄するだとか、どこの過半数に諮りもせず勝手に決めて宣言したことになっている。もっとくだらない別のインチキ役所は、いつの間にか60日で破棄していることに、既にしているのだそうだ。
 役所である以上は税金資本の事業所なワケだが、ならば納税者たる国民にきちんと事情を解説した上で、こんな決め事をして良いかどうか諮らねばならない。
 『諮るのがスジだ』『諮らないと道理が通らない』ではなく、日本社会という生物の生命活動として、上記の通りにならないのである。必要十分となる過半数が納得しておらず、つまりは日本社会にとって健全な内規ではないからだ。

 簡単なハナシ、『またしても』クズ役人がネコババやイカサマをやったとして、『いついつ以前なので記録はありません、だから証拠もありません』みたいな誤魔化しをやるところまでは、現実になり得るだろう。だが内部文書・内部情報と銘うって、1年以前あるいは60日以前の記録が、どこかから後追いで公表される現実が、洩れなくセットで続くはずである。
 そもそも事情次第で自分らの有利になると見るや100年前の記録だってすぐ出て来るはずだし、そういった将来展開の可能性まで見込んで、公表しないだけで確実に記録は残しておかざるを得ない。『記録』とは『情報』であり、情報はただ存在し、将来どんな作用をするかなど誰にも判らないし、決められないのである【228】
 加えてこの高速大容量通信時代に、特定の人間の都合だけで完全な情報流通管理をするなんて、絶対に不可能だ。余計な小細工で秘密にしようとすればするほど、デスノート【472】が充実するばかりである。

 地球上の生命の歴史において、人間の歴史なんて最新直近のほんの一瞬だ。
 その人間が集まって作る『社会組織という生物』の歴史なんて、もっともっと浅い。
 先カンブリア期・カンブリア期と、かつて生物は『生命体として成立する実体』のありとあらゆる形態を試行錯誤した。そこから長きを経て、牡蠣殻で手を切った私の再生現象のようなことにもなった。

 いま日本国における社会組織が、まず『進化の原点たる自然起源の生命体』となるために、発想大転換のブレークスルーが必要なのではないだろうか。
 あたかも制御中枢部のように見え、そう振舞おうとする部位を、真先に本体の健全性を損なう廃棄物として殺処分する生命活動の発現。
 こんな自然科学ハプニングが、新しい活力の時代を切り拓くのかも知れない。
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【609】トカゲ廃業、クラゲ起業の鞍替え思案 [ビジネス]

 前回の続き、大阪都構想の話題から。

 現状の大阪市は図体がでかいばかりで、自分自身が今どのくらい生物として正しく効率的に生きていられるのかも判らない状態だと述べた。
 反面、その図体でひとつの完結した生物にはなっちゃってるから、公務員や市議会員の縄張り意識が大阪市境でガッチガチに閉じてしまうワケだ。ここから内側は自分らの絶対支配下だ、と。
 自己管理がメチャクチャになっていようが、『どれだけの規模の組織でやれている』だとか、『何人を下に持った』だとか、『組織表の上いくつの職位に就いた』だとか、そんな数値を上下関係の尺度に読み換えるような無能人種にとっては、大阪市は実に都合のいい『虎の威』として便利したことだろう。

 単なる位置関係だけで論ずるなら『市』は『府の部分集合』であり、地方自治の末端側に近い詳細を司る下位組織となるのだが、そこは西日本最大の中心都市で、東海道で繋がりながら首都東京と対峙する大阪市。大阪市で閉じてしまった異形の巨大生命体は他例のない独自色で自我を主張し、その結果、大阪市境の内外で大阪市と大阪府が勢力争いを繰り返す構図ができあがってしまったのである。
 これで税金資本を勝手に天井知らずの扱いにしてしまえば、府と市が意地を張り合うままに、無駄な高額施設を交互に作り続けていくこととなる。今はたまたま、松井大阪府知事と吉村大阪市長の大阪維新組が双方に就いているから、この問題が封殺できている。

 橋下政権以前の大阪では、議員どもが双方の役所を時に焚き付けもし、また競争の構図のもと公共施設の導入を次々決めたりもして、慣れ合った工事屋を始めとする利権ファミリーにどんどん発注を大盤振舞いしていたワケだ。もちろん何の役にも立たない無駄なハコモノが増えていき、大赤字の経営の末いき詰まって、大阪の生産力・経済力は低迷しっぱなしとなる。

 だが議員、役所職員、利権ファミリーにとっては、こんなにラクで金目の儲け話は無い。
 だから今も大阪維新勢力以外の旧来政党は、全党が『現行行政区画のまま踏襲or現行24区を形だけいくつか統合する総合区』に執着し、『大阪都構想・特別区への全面変更』には絶対反対という事態になっているのだ。
 選挙区が特別区サイズに切り分けられ、緻密な関心の現状把握と行政対策で生きる機能別クラゲになられると、切り放題に浪費できるトカゲの尻尾は永遠に手に入らなくなるもんな。

 府vs市の地図上の位置関係から普通の日本人が自然にイメージする府vs市の行政分担とは違うコトが起こっていて、それどころか何をどう間違えたのか『府市あわせ』なる異常な対立関係にまで陥っている。これが効率良いはずないのは解るが、ならば一気に支持を集めていいはずの大阪都構想が苦戦する理由がなかなか見えない…
 世間一般に『解りづらい』とされ、理解を試みる前に関心を投げ出されてしまう、大阪ならではの不快な面倒の雰囲気がムンムン漂う内輪揉め、その解説がこれだ。

 橋下大阪府知事・大阪市長時代からずっとそうだが、どお~も大阪御当地以外に、いや大阪御当地でさえ行政に特段の関心が無い人々に、大阪都構想の社会学的・日本改革イベント的な響きがイマイチなのは、この想像を超える不可解さが原因だったのではないかと思ったので、取り急ぎ整理し直してみました。

 『役所=旧態依然=タテ割体質=非効率』という一般論は、誰もが常識としてよく口にする。だが具体的事例をもって本当に自分が解説までできるかと訊かれたら、かなりの割合で対処に窮すると思う。人間の理解度の自覚なんてそんなものである。
 逆にそんなあやふやでも、直感的にツーカーで『あ、それって確かにそうだよね』と結論付けるイメージが普及していたなら、世論はそのセンで形成されるものなのだ。この直感イメージ領域の支持力が、従来の大阪都構想には足りなかった感がある。
 特殊事情からくる解りづらさゆえ、直感支持層および浮動票の相当数を呼び込み損ね、いっぽう古くからの付き合いで理屈抜きに群れ集まる年寄り反対票の総動員を前に、僅差で敗れたのだと見受ける。

 正確な理解に基づく過半数の支持で組織の自我が決定されるのが理想。
 これは正論だが、理解を伴わない反射や無意識でしか動かないデバイスも多数含めて生物が形成されているのも事実であり、そこまで操作を及ばせる自己コントロールの工夫をしないと、組織の自我は動かないのだ。

 ここまで理解して、改めて大阪府市が普通には理解し得ない二重行政の問題を抱えて、『大阪でだけ騒がれている事実』を見直していただきたい。
 …とここまで書いていて、おっと。住民投票実施時期の見直しもあり得るって?
 今ここは現状大阪府市の組織生命体論的な歴史解説までで止めて、余計なコト言わずに様子を見るかな。

 今回は上から下まで、両手の通常動作にてタイピング完遂できました♪
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【608】ざんねんな生物たち [ビジネス]

 もうちょっとクラゲの話を拡げる。
 もっと身近なハエハエ・カカカにバッタくんなどの昆虫類、実は彼等も体内情報ネットワークの形態に着目すると、人間でいう脳の機能が器官ローカルに分散配置されているのだ。我々が蠅叩きを持って近づくと、複眼で人間のその姿を捉え、身の危険を感じて逃げる判断をアタマで下して、翅を作動させ飛び立つのではない。
 主にお尻で空気の揺れを感知した瞬間、アタマを介さず翅が逃げる即断をして急発進。空中から事態を俯瞰しつつアタマは『ああ、叩かれるところだったんだなあ』と追認する。ぶっちゃけそんなノリである。

 まあ人間だって、悲しかったり怖かったりすると明らかに心臓がキュンとするし、あれって脳みそなんかなくても心臓単独の反応だと考える方が自然な気がするぞ。その心臓の反応を感知して、脳が『ううっ、悲しっ』とか『怖えっ!』とか認識しているのではなかろうか。刺激に対する人間の動作を分析すると、無意識領域で先に反応動作が起こり始め、次いで意識領域が自己の行動決断を自覚する…という順番でデータが取れてしまう話は有名である。
 人工心臓の人もキュンとするのか、したとして感情の揺れは以前と変化ないのか。少々不謹慎な雰囲気も漂うが、ヌルいゆとり系のおセンチなんぞ横へ置いといて、快諾いただける被験者だけにでも自覚するビフォーアフター感情変化を問診すれば、それだけでも興味深い結果が得られるかも知れない。
 特にAI開発における人工感情や人工意識の設計コンセプトにおいて、中央集中統率型より意外な分量と質で機能分散型にした方が、案外と近道だったりする可能性も感じてしまう。

 ひとつの巣を中心とするアリやハチのコロニー組織は、マクロ視点で一体の生物とも見えるという話を聞いたことがあると思う。
 彼等は天敵に巣を襲われると、身を捨てて巣つまり組織を守る。コロニー組織という生物の自己保存のため各個体が自己犠牲を選ぶワケだが、ここでコロニー組織の自我を支える各個体間の通信手段は、触角で突つき合ったりフェロモン物質を交換したりといった、単純な物理的接点によるものだ。
 イチ個体の昆虫として高い完結度の個体たちが、コロニー組織成立に最低限の通信容量・通信速度でネットワークされている。ポイントはこれだ。

 人間の臓器ネットワークの場合、各臓器はイチ個体の生物としての完結度は低く、逆に人体内での通信容量・通信速度は非常に密で高速となる。
 こうなると、特定の臓器が身を捨てて本体を残すという自己保存方法は原則成立しない。足枷で拘束された囚人が自分の足を自分の歯で食い切って逃げたという話は聞いたことがない。そりゃ痛感から何から質も量も強烈な情報が体内を駆け巡ってしまうから、自己犠牲を強いられる立場の足から痛い思いをする頭から、『あーこりゃ、一肌脱ぐのはやめとこう』みたいなことになると。
 そう、足一本を食いちぎっても『大したことない』と思える情報網の粗さ貧弱さがなければ、この脱獄は実行できないのだ。たぶんトカゲの尻尾って、切れる場所は鈍感なんでしょうね。

 で、何故こんな話をしたかというと、ひとつめ。
 人間社会の中で通信技術がどんどん進化してきて、特にインターネットの登場により社会の体内で交わされる通信容量・通信速度が桁外れに跳ね上がった。これにより、社会という巨大生物はトカゲの尻尾を失ったと考えられるのだ。
 役人や政治家が国民を使い捨てるような愚政を仕掛けたとして、昔なら生活さえ成り立てば何にも知らずに薄らぼんやり自己犠牲の役に甘んじてくれていた国民が、今は各自で情報を揃えてしまい一斉共通の不満と反感を激しく膨らませながら暮らすようになった。
 この社会という巨大生物の不機嫌と失望は、例えば『長引く不況』や『止まらない少子高齢化』などの痛感に険悪なレベルで顕れており、本来なら自分の足を食い切る気が失せて、愚政を根本から放棄する反応となるのが生物学的・組織学的に正しい。

 この自然生命原理の自由な生存本能が巻き起こす現実を理解できず、人為的な前時代型組織表のママゴト枠で威張り合いぶら下がり合う無能人種が、社会の頭脳気取りで居座っているのが現状ニッポンの最大の問題である。

 もうひとつ、通信容量・通信速度がどんなに上がっても、各個体が情報処理して実行動に移せるキャパシティには限りがある。だからこそ、我々人間くんなんかは、内臓の作動が自己完結の自動運転になっており、それで人格意識の情報処理負荷を抑えているのだと思う。

 今年は大阪都構想の再チャレンジが予定されているが、実はこれこそが『大阪』という超巨大生物を適切サイズに切り分けて、自然な生物に作り直そうとするものであると気付こう。
 現状の大阪市は280万人の超巨大組織をたったひとつの大阪市議会で運営している。
 アナタの意識たったひとつで『心臓は一定ペースで、えいっ、えいっ…』に始まり、『すね毛を今日のぶん伸ばしとかなきゃ』とか『足の爪の送り出しはこんなもんでいいかな』まで全て検討議題にしちゃってるようなものだ。当然、何事も状況の把握は手薄になり判断は疎かになる。

 この疎かが放漫財務を呼び、公務員文化のボロい勝ち負け意識を都合よく利用した府市二重行政体質の利権政治が横行したのだが、上意下達で支配力が成立するような、70年以上も昔を基本とする現・議会構造は、そもそも機能設計的に時代遅れ。
 『特別区』なる適切サイズに切り分け、特色づけて都市機能を分担させ、各々に『区議会』なる脳みそを与えてやる。シンギュラリティ到来を前に、インターネット生命体となった都市社会を、自然起源志向の組織体構造にしておく価値はある。いや必要と言って良かろう。

 そりゃごっそり変えるんだ、初期投資はかかるさ。細かいハナシは次回!
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【607】イタイが役立つ、未来クラゲ組織論 [ビジネス]

 『情報』の一面を基準にして物事を考えてみる。
 このテーマを始めたきっかけだが、実は昨年末から自分が『情報処理、不可能状態』に陥っていたためだ。結構サクサクっと書いていたが、本当は今朝までヨレヨレだったことをいま白状する。
 主に傷の苦痛と戦った過去とは質の違う知的機能喪失の壊れ方であり、メールを読むことがまるでできなかった。目から飛び込んでくる文字が全てバラバラになって、頭の中に瓦礫の山が積もっていく感じである。
 こりゃ怪しいメールを開いてPCをパーにでもしちまったら、年度末を前に生活が崩壊する…

 復調し喜んで動き回ると免疫力がガツンと回復し、その途端に従来クスリで抑制されていた免疫力と釣り合っていた体組織たちが一斉に不良品として叩かれ、またズッコケる。これを繰り返して5年経った訳だが、さすがというか本当に風邪をひかなくなった。腹具合も無敵の完璧である。
 そう、本来の私ってこれだよ。『健康保険を1年使いませんでした賞』を毎年もらっていた。

 私の場合、何だかんだで医療薬の恩恵の反動としてこの体たらくなので、まあ仕方ないと諦めもつくのだが、最近『スマート・ドラッグ』なる活力剤・活性剤が若い人たちの間に拡がりつつあるらしい。
 や、やめときなさいってば!
 病原体など悪者を駆逐して解決する病気でない形でカラダ壊すと、面倒くさいぞ~。
 止む無しの理由でも無かった日には、死ぬほど後悔すること間違いない。ホントです。

 さて、裏返せばこんな情けないことになってまでも、自分自身の頭の中で情報を組んで一方的に発信する限りは可能、という実証でもある。ただ無事の元気で動き回っていただけでは、ここまで特定のテーマ各々について突込んだ内容にはなっていなかった。
 あらゆる情報に溢れたこの時代、受信者が自ら狙って接続しに来る作業により、情報戦を勝ち抜くことがまず重要だと述べた【605】
 図らずもここを高頻度の深いツッコミで更新し続ける行きがかりとなったが故、パラパラと多少ながら御贔屓においでくださる方々も現われた結果、こんなことに気付けたのだから大儲けである。

 恐らく的を外してはおらず、昔なら活動の目標を掲げ、ただ普通に組織表を組んで人を充てれば一定の組織的稼働がついてきたものだが、今はそうではなくなっていると見受ける。真面目な志をもってコンサバ志向で組織したのだから、もうちょっと普通に仕事が流れて成果が上がるはずなのに…と不思議がっていてはいけない時代なのだ。
 いわんや旧態依然の力関係の組織観で、上意下達のルールとして決めてしまえば皆しぶしぶでも従い組織力が利用できるなどと当て込んでいるようでは、全てが発散してしまい何事にも無関心の群衆に帰してオシマイだと私は言っている。
 ここに、組織内に広く知らしめられ好意的に理解され、支持されて現実の行動に移される内容の情報でのみ、組織が成立すると結論付けてよろしかろう。

 ところでいきなりだが、カツオノエボシを御存知だろうか。電気クラゲというやつだ。
 頭部は10cmくらいの美しいコバルトブルーの浮き袋状で、海水浴場でこれが浮いているのを見た遊泳者が何かのビニール袋と間違えて近寄ってしまい、時に2m以上にも達するという触手にやられて酷い目に遭うのだそうだ。浜に打ち上げられているやつも、触手の刺胞は生きているので触らないように。
 実はこのクラゲ、浮き袋役のクラゲ、触手束役のクラゲ…などなど、各機能別のクラゲの集合体らしい。

 え?そんなコトってあるの?最初はえらく驚いたものである。
 例えば目や鼻や耳のついた頭と、飯を食った直後からの消化器官と、栄養分を蓄積する肝臓あたりと、肺+心臓+腎臓あたりの循環系はセットかな、でもそんなのが別々の独立した生物だっていうのか?
 頭だけのヤツとか、肝臓だけのヤツって、それ単独もしくは同類ばかりの集団になったらどうするんだ…?

 後半の疑問に対する答はまだ知らないのだが、こうしてステロイド離脱をやっていて『人間だって似たようなもんじゃないか』と思うようになった。
 身体の各部位は、みな自立性をもって自発的に離脱過程を消化していく。明らかに身体パーツ各自の自律意識みたいなものを感じるのだ。
 だいたいが皆さん、食ったモノを『よし胃で消化するぞ』とか『ここで胆嚢から胆汁出して混ぜて』とか『じっくり小腸で栄養分を絞り出して』…なんてやらないでしょうが。みんな内臓クンたちは自由行動で生きており、その集合体が人間ひとりとする考え方もアリ、たまたまアナタの人格が大枠のひとつで意識されているだけである。『つい思わぬことをしてしまった』のは、誰か内臓クンの意図だったりして。
 そしたら、最近NHKスペシャル『人体 神秘の巨大ネットワーク』として、臓器同士が会話しているという解説で、なかなか面白い番組をやり始めた。

 軍隊起源説もある従来型の組織表にある階層構造【604】は本来、生物が自然に形成しようとする組織分担や階層構造と違っていたりするのではないか。
 カツオノエボシだと『みんなで合体して総合完成型クラゲとなり生存できる』という有益な情報をめがけて、下位組織たちが生まれ出て集まっているのではないか。
 そういった自然起源の情報ネットワークが、今の時代になって複雑な人間社会という巨大生物の体内で、十分な通信容量・通信速度まで発達し、人為的な前時代型組織表が通用しなくなってきているのではないか。

 ツラい思いも腕ずくで知財として刈り取った結果、こんな考えに到りましたのです。
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【606】妄想支配欲の迷惑チキンレース [ビジネス]

 現在、頭の左半球がステロイド離脱中の身であり、左脳作業が結構ツラい。この前段階に記憶を巻き戻すと、循環系の総本山であり筋肉の塊でもある心臓に依存の中心があったのではないかと思っている。
 いま見ると一昨年まで低め続きだった血圧が偶然ではなかったことが解るし、もっともっと遥か以前、一時的に攣りやすくなったり部分的に触覚が鈍ったり、ほんの時々ながら身体の左側ばかり何かあるもんだなあと不思議だったその原因が恐らくこれ、人体における心臓の左偏位だ。御自身に思い当たることが無いか、よくよくチェックされたい。

 さて少し前に、『仮想通貨が半島の将軍さまン家にハッキングされて損害が発生している』とするニュースを見かけた。あらあら、ハードウェアもソフトウェアも最新技術を揃えるのがしんどそうな国なのにね。
 でも、そんなことになってるんならJコインなんかやっちゃマズいんじゃないの?
 将軍さまに不正操作されるのを承知の上で、日本円と等価可換な仮想通貨を導入なんてあり得ないと思うんだが。それとも抜本的に技術系統の異なる新セキュリティ手法でも開発できてるんだろうか?

 個人的には、長期間にわたって完成度を保ち続けるインターネット空間のセキュリティ技術などあるとは思えないし、社会の変動に伴う流通価値の変遷は加速していくだろうから、取引したい者同士がその時その場の一時性仮想通貨でさっと取引を終えて短期で解散する形態が現実的だと読んでいる【596】
 繰り返すが、仮想通貨がこれだけ成長し流行する理由は、リアル通貨が信用に値しないと判断されているからであり、リアル通貨のフェアネス保証を一定のレベルまで再構築しない限りは解決しない。長く手のかかる処置が必要ながら、今いちばん目指すべき方向性が判りやすく見えている方策のはずなのに、どお~してもそっちに行けないヤツらが役人と政治家の過半数を占めているということだろう。

 現在、国会における多数派=与党といえば、世襲のガキとセメント屋、あと古電球あたり以下にぞろぞろぶら下がる地味な政党と、役人組織の出先機関を請け負うゲタ数政党の二大愚衆である【592】
 ここ最近ちょろちょろ聞こえてくる『改憲』というコトバ、特に憲法9条がよく取り沙汰されるが、我が国の安全保障の現実に照らして妥当な表現の日本語かどうかが論争になっていることは御存知と思う。で、政府与党は今年、改憲に踏み切るのか…みたいな。
 …あれ?ナントカ学会って一応は平和を志す宗教団体なんだから9条擁護が自然なはず、北米軍事力と自衛隊の関係がどうであれ、平和至上主義で『改憲反対!』を訴えるのがフツーじゃねえの?
 こんな勢力基盤団体の存在意義レベルの重大な食い違いを抱えて、数合わせの呉越同舟って成立するもんなのか?…と気付いていただきたい。

 実はどこまでホントか知らないが、改憲したいしたいのジミ政党と、軽減税率で役人偏重したいしたいのゲタ政党が、それぞれ互いの支持合意を交換条件にして取り引きし、現・連立与党体制として合流したというハナシがあるのだ。

 我等が日本国は、国会で立法しそれを実行に移しながら国家運営する。
 だからって例えば『最近ちょいと石油が足りないから、石油の出る国に攻め入って支配してしまおう』なんていう法案が起こされて論議されて、まかり間違って通っちまったりしないよう、憲法で『ウチは戦争はやんない』と大上段に決めてあるワケだ。
 憲法って、議会制立法府のOSみたいなもんですかね。国家運営を考えるにあたっての、日本国組織の人格像を設定しているとでもいうか。

 こんな大事なものを、なんでジミ政党が勝手に私物化して交換要求に使ってるんだ?
 日本国民はアタマに来なきゃいけないと思う。

 かつて世襲のガキの爺さんが改憲を志して叶わず今がある、だからガキは何とか改憲を実現し二代越しの目標を達成したいのだ…とする説がある。それが本当だったとして、お爺ちゃんのカタキ的な浪花節は解らんでもないが、ならば正々堂々の身ぎれいでやんないと意味無いだろう。
 札束贈収賄の疑いも晴らせないイカサマ坊主が、おのれで持ちかけたシンシでテーネーなゴセツメーとやらをばっくれて逃げ回り、事態の風化を見計らってシレっといじれるような日本国憲法であっては、絶対にならない。ナニが憲法『改正』だ、言葉に気を付けろっての。

 一方で、国民全員が馬鹿馬鹿しいまでに無駄な日常作業負荷を強いられて、みんなで還暦公務員の面倒を見ることになる軽減税率だが、日本社会全体に工数供出の了解も取らずに、なんでゲタ政党が勝手に私物化して交換要求に使ってるんだ?
 これまた日本国民はアタマに来なきゃいけないと思う。

 ジミもゲタも共通するのは、支配層気取りで日本社会の運用システムや生産力を弄ぶ、許されざる身の程知らずの思い上がりである。前回の『慇懃無礼』の真意が実感できるだろう。
 この時代錯誤にも腐り切った性根を叩き直さない限り、日本社会に無視され続けながら損害しか積めない破滅式ボンクラ国政は永遠に改善されない。当人らもひしひしと感じているはずだが、ダメオヤジが自分の言い分を無理押しして済むような、呑気な状況ではなくなっているのである。

 そろそろ1億2千万・日本社会組織の自我の恐ろしさに観念すべき時期なのではないか。
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【605】情報大海原の日本沈没 [ビジネス]

 ここ数年やたらに長く伸びていた眉毛が短くなったのを見るに、体組織の更新プログラムが変わりつつあるようだ。ともあれ不便なので早く過ぎて欲しい。
 粒子っぽいのが頭の中心から身体の厚みを通過して行く過程が判るんだもん、ヤだねえ。

 さて、流通する情報に制限のかけようが無いこの現代社会で、階層構造モデルは成立し得ないというところまでであった。『情報』は、受信者がそれを信用して理解し、そこに籠められた意図に沿って行動を起こしてくれない限り何の意味も無く、ただのムダ放言に終わる。
 自組織を運用するための組織内の情報伝達プロセスにとって、現代社会に拡がる大容量の高速通信網は手強く、要は昔のやり方で組織を動かそうと誰がどこから情報発信しようが、一般世間空間の情報力が強すぎて勝てないということだ。

 昔と違って多くの情報が次々と手に入り、何事も『今この瞬間を過ごすだけなら、現実ベースでどうにかなってしまう』恵まれた現代社会。
 自組織を動かそうと何か発信したとして、そこにしょうもない間違いやボロい未熟さが見えた途端に、相手にする価値ナシと判定され無視される。他にすることの無かった昔なら『ダメ出しだけじゃみんな困るし、これもうまく行ってる方が良いんだろうから』と目をつぶって馴れ合いで許してもらえた能力不足も、今日においては容赦なく見捨てられ人々が離れていく。

 誰の目にも自明になるよう収益性の確証取りに気を遣えなかった東京五輪は、この期に及んでなお日本社会にそっぽを向かれ続けているし、マイナンバーとやらも本来なら利便性・必要性の理解も得られたはずなのに、今もって誰もまともに取り合おうとしないでしょうが。
 日本社会の手厚さ寛大さにつけ込み、調子に乗って日本社会をバカにした愚政ばかり繰り返した結果、『困った時はお互いさま』の良心が期待できない厳しい世の中になったのだと思う。
 何しろフツーに真面目に頑張ったとしても、現状維持だけでは魅力を保てず発散と崩壊の末路が待つタイヘンな時代になっているのだから。

 いつだっけか世襲のガキが『国民の皆さまに、ケンキョに、シンシでテーネーなゴセツメーを云々…』とか抜かしたろう。あれを慇懃無礼という。『いんぎんぶれい』と読みます。
 相手を持ち上げ、自分が素朴かつ神妙に接しようとする態度の表明ではあるワケだが、御存知の通り内心は真反対だ。かつて責任者だリーダーだと自称で口を滑らせたあたりに、その本性が垣間見えていた。
 傲慢で相手を見下したヤツが異常なまでに丁寧を装うさま、これが慇懃無礼である。

 支配者であるオレさまがいろいろと国の面倒を見てやっているのだから、たかがガッコ汚職ぐらい黙って無かったことにしろよ。このオレさまが、お前ら下々にこんな丁寧なコトバ使ってやってんだからよー。
 そおそ、改憲の歴史的名声をオレさまががめるためにも、ここはコトバだけでも下々をヨイショしとかないとな♪

 心の内は、せいぜいこんなところに違いない。次の通常国会の会期中も、国外逃亡してほとぼりを冷ます作戦で布石を打ち始めているらしいから、今時これで済むとでもまだ思っているのだろう。絶望的な能力不足である。
 ガッコ汚職の顛末について解説十分と判定するのも、それが叶ったとして改憲の旗振り役として容認するのも、日本社会組織の自我だ。主権在民というだろうが。

 昨年末、役人組織の言いなりに衆議院を解散し、代替案となる選択肢が存在しなかったため、目論見通りの与党再選となった。
 だがここで『ウッシッシ、これで役人と政治家の間で好きなコトを好きなように決めれば、誰が何と言おうと日本社会は意のままに隷従せざるを得ない。多数決議会制の現代法治国家だからな』などと思い込んだところに大きな見込み違いがあるのだろう。
 日本社会組織の自我は『代替案が無いんだからコイツらに任せるしかない。諦めよう』ではなく、『イヤなものはイヤ、コイツらもイヤ』で受容れを放棄し、社会の仕組みが解ナシで機能停止する道を選ぶ。ただ発散してそれっきり、悪だくみはやり散らかしの断片だけを点々と残すのみの結末となる。

 もう社会は自傷の損害さえ厭わなければ、気が向かない指示情報に対して拒否権を行使できることに気付いてしまっているのである。

 組織を組んで機能させたければ、まず情報戦を勝ち抜かねばならない時代なのだ。
 そして、あらゆる情報に溢れたこの時代だからこそ、質の高い情報のありかに受信者が自ら狙って接続しに来る作業により、情報戦の勝率が稼げるという行きがかりになる。

 ここで組織運営ポストの役回りが、権力やステイタスなんかから切り離されると気付いたアナタは正解である。
 上に立ちたい下衆にリーダーは務まらない。前に引張りたい役だからリーダーと呼ぶのだ。
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【604】壁抜け忍法時代の籠城兵法 [ビジネス]

 さて、引き続き『情報』で定義する組織モデルの時代移行の話を。

 『階層構造モデル』の組織形態は、恐らくだが人類文明のかなり早期のうちに、原始的な組織稼動=身内の暮らしを守る武力、つまり軍隊として発生していたのではないかと思う。
 一人より大勢の方が、戦闘力として単純計算で人数倍だけ有利になる。だが自分個人が真先に生きて帰りたいのに、自組織の撤退のためには自分が残留して敵の追撃を食い止めねばならない、あるいは全軍一丸となって一気に攻め込みたいのに、作戦意識が統一できず自分が勝ち残るだけの戦術だと敗色に脅かされる…などなど、自分個人vs自組織の生存を天秤にかけた葛藤の場面が必然として起こってくる。
 種族のDNAを紡ぐなら、個人より組織を優先すべきだ。

 よって階層で定義する指示命令系を絶対的なものに強調して、『上の意志=組織全体の意志』とする判定フローを、組織員個々の意思決定に刷り込む工夫が必要だった。いや、これは集団性を種族保存の手段として進化してきた生物には共通して顕れる傾向なので、工夫と呼ぶほど理性的なものではなく、もっと本能的な領域の性向だと見るのが妥当かも知れない。

 とにもかくにもこの稼動形態が人類文化において一定の成功率を収めて定着し、その後の長きにわたり、人間社会のさまざまな集団活動において『自組織のためだから、ひと肌脱いで自己犠牲に甘んじる』という因果の納得が、どうにかこうにか繋がっていたのである。
 自組織のために我が身を捨ててまで残存させようとする上階層は、自分より能力があり今後も優れた指示情報を発信し続けられる者だ。組織全体の維持発展を担う重責ポストである。

 株式会社の組織構造は、軍隊を手本に設計されたものだとする説があるのだ【589】
 ま、自由競争を勝ち抜いて発展していく目的がありますからね。

 『自組織のために自己犠牲』の因果の納得が成立するには、条件がある。
 組織員は皆、『情報弱者でなければならない』のである。

 自己犠牲を必要としない方策が他にあるのなら、誰もがそっちの可能性に向かうのが自然だ。故にその方策に関する情報は遮断されていなければならない。
 また組織員の知り得る最善方策として自己犠牲が求められていなければならず、これが外部情報の流入により『自組織にとって最善でない』と判定されるや、重責ポストが今度は自分らの敵として糾弾される立場に転じる。一旦このパターンに陥ったら多勢に無勢、小さなピラミッドの頂点は一瞬にして袋叩きのやられ放題で失脚するしかない。
 『エライとされてるヤツが偉い』、この世界観を箱庭にして隔離せねばならないのだ。

 今の時代、どこの誰でも、スマホでもPCでも、自前でも借り物でも公共物でも、何らかの端末機器を手にした瞬間、ありとあらゆる情報に接することができる。その正誤はともかく、階層構造モデルの『世界観の箱庭』の囲いを素通りしてくる外部情報が溢れているのだ。

 箱庭内に歪曲した情報を放っても、難なく『歪曲だ』と見抜かれて無視される。
 箱庭内で都合の悪い情報を隠しても、即刻『隠蔽だ』と見抜かれて反感を買う。

 高度情報化社会は必然的に『多数の情報強者による相互監視』の機能回路を強化しており、階層構造モデルに基づく組織力を目当てに何か目論んでも『世界観の箱庭』は成立せず、烏合の衆にしか返らない素性を持っている。

 だが、これだけで終わっては新時代で人間が力を合わせて組織力を発揮できない。
 組織とは原則、人間同士が情報を交換し合って『単独行動より生産性が向上する』と判定し、各自が自発的に帰属して出来あがる集団のことだ。
 つまり『これは良い組織だ』と判断するだけの、質の高い情報のもとにのみ組織が成立する。オープン・エデュみたいな無料良質の公開コンテンツなんかは、この御時世の申し子なんだろうな【518】
 このポイントを理解すれば、新時代の実効組織モデルの姿と作動原理、及びその運用コンセプトが見えてくる。

 社会を飛び交う『情報』があらゆる面でこれだけ変わっているのに、情報で人がつながって形成される組織がそのままであるはずないでしょうが。
 おっとっと今回も取り急ぎ、このへんで。
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【603】融けゆくピラミッド組織の流れ筋 [ビジネス]

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。
 三箇日は完全に機能停止に甘んじていたが、正月早々脱ステロイド体調のドタバタ劇なんぞ話題にしたくないので、他の話を。

 年末に引き続いての流れで、『情報』で社会の構造を考える。結論から行こう。
 『階層構造モデル』の時代はもう明らかに終わっており、今年はその崩壊が昨年にも増して進むと予想される。
 『階層構造モデル』とは、まあ普通に誰もが思いつく、ピラミッド型でてっぺんが社長…に代表されるアレですね。
 ではどんな組織モデルの時代になりつつあるのか?

 組織内を縦横無尽に走る高速大容量通信網がまずあって、その任意の箇所からさまざまな情報が発信されている。これが基本構造。
 そして巨大生物たるその組織の自我が、飛び交う情報の中から気の向いた情報を選び取って、組織全体の振舞いが決定される。裏返せば、組織内のどこから発信しようが、気が向かなければ無視されて宙に消える。そんな組織モデルだ。

 山歩きをしていて倒木の上などにコンデンスミルクのこぼし跡のように見かける、白い粘菌コロニーを御存知だろうか。あれの振舞いはあちこちで研究されており、モノとしては微小な菌類の集合体なのだが、早回し映像なんかで見ると実に高度に意図的・戦略的な動きを展開する。
 栄養分の存在を感知した一端が直近周囲と交信して周囲の行動を決め、それが次々伝播してどんどんコロニー全体が動いていくのだ。一方その反対側で高温や乾燥など危険を感知した一端は、やはり周囲の行動を決めながら退避行動を取る。
 これが総観的には『危険から逃げ、栄養を求める』一連の意志が顕れた、アメーバ状生物の振舞いとなる。
 これは極端に単純な例だが、モノを避けたり通信ライン網を最適効率で張ったりと、改めてよく見ると人間どもの合理性追求の成果とあんまり変わらなかったりするのだ。

 お、それなら新時代の組織モデルは『粘菌コロニーモデル』とでも呼べばいいじゃんってところだが、インターネット社会組織は情報伝播というより時間遅れナシの一斉同時配信で、さらに仮想現実を生存空間として振舞うところに本質があるので、あれこれと事情の違ってくるところがある。
 そのうちいい呼び名を思い付きたいもんだなあ。

 各々のモデルの作動解説と、現在進行中の社会変遷の実例については、ボリュームが出そうなので次回以降に。
 実は私の大事な知り合いが体調に一大事と電話が入り、イチもニも無く家を転がり出て話をしに行ったのである。一応それなりの事態っぽいので、これから急いで仲間に連絡網を布かねばならない。
 昨日あれだけ酷かった顔面滝汗が今日はぴたりと止まってくれたのが有難い。
 『オマエ今のうちコレもやっとけ』ってことかよ、神さま人使い荒いんじゃないの?

 まあいいや、年明け一発目はローカル電車移動中の作文からこんなスタートになりました。
 皆さま、本年も御愛顧の程よろしくお願い申し上げます。
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