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【659】実例フィクションの高プロ解説書 [ビジネス]

 『風立ちぬ』で目立つのは、他工程への好意的かつ協力的なモノ作りの現場像だ。
 堀越・本庄の両技師が休み時間の作業場に押しかけて、組立て中の試作機を現物確認するシーンが印象的である。
  『申し訳ありませんね、休み時間なのに』
  『いやあ、設計の若い人が来てくれるのは嬉しいですよ』
 会社一丸となり、優れた構想を現実化して良い製品をこの世に送り出す。社員お互いがその作業分担を理解し、相手工程に敬意を払い合って、進んで力を貸す姿がわかりやすく描かれており、個人的に大好きな一幕なのだ。

 構想立案・計算検討・図面作成など直接のアウトプット作業が事務所仕事になるホワイトカラー層は、ついついそっちに手を取られ構けるうち、心ならずも現場現物と疎遠になりがちだ。
 ここにそのチマタ月並の現実を見抜いた上での『そうじゃない、モノ作りってのはこうやるんだ、みんなで協力してさ』的な教育的意図を感じてしまう。
 いや間違いなくその通りなんだが、ジブリは何故これを知っている?

 で、これがうまくいって『では現確したい』となり、とにかく休み時間中の組立作業場にも見に来る若き設計者たちがいて、それに快く応じて技術談義を頼もしげに眺めながら脚立を支えるベテラン現場主任(かな?)がいる。この世代を跨いだ信頼関係の描写もバッチリだ。そう、それそれ。
 実際こうはいかないもので、『突発の検討ゴトの対応工数は、当該部署の自己完結で持つのがスジ』みたいな会話がなかなか無くならない。自部署のちょっとした事情が周囲に非効率な稼働を発生させないよう管理するのは大事だと思うが、まるで険悪なライバル関係や損得駆け引きの相手であるかの如く、部署間に余所者感情が蔓延していることも珍しくない。

 これは性悪説的に人間が怠け者で意地悪だというハナシではなく、いつもギリギリ稼動でカツカツの労務管理のもと日々組織力を切り回していると、想定外=計画外業務を受け止めて対応する精神的余裕が擦り切れてしまうためだろう。
 いつの間にか、みんな当初計画・既設作業からの事態の変化はひしひしと感じているのに、何となく当初計画のまま無難に行けているとだけ自分に言い聞かせて、既設作業のなりゆき消化に閉じこもるようになる。決まったコト、決められたコト以外に動くのは損だ嫌だ疲れると言わんばかりに。
 こうして、実は常時変動し続ける現実への対応や、更にはそれ以前に、変動している現実をまず認識する段階のところから、邪険に遠ざける反射メンタリティがじわじわと拡大進行するのではなかろうか。

 労務条件の改善を狙って時短を提唱するのは良いが、それが生産力稼働の気楽な融通性を狭めていって、職場の仲間意識の源泉でもある精神的余裕を削り落とし、その結果『職場を面白くない場所・仕事を楽しくないコト』にしてしまっては本末転倒である。
 自由市場の競争を勝ち残るための企業努力は、自由市場の不確定性を受容れる柔軟な包容力の消耗と表裏一体という因果関係にあり、コイツは本当に手強い。効率化は、やればやるほど職場風土のギスギスで、かえって非効率に陥りがちな宿命にある。
 そして表裏一体だからこそどんなに好調期にあろうとも、その平衡点がそのまま不調に裏返る可能性に油断せず、『そこにいるだけで嬉しい楽しい』組織風土の維持管理に手を抜く訳にいかないのだし【640】【641】【643】、不調期に傾き始めて、慌ててその原因を求め、人間関係や業務内容の精神負担アイテムなんぞ洗い出したところで答は出ない。

 では『そこにいるだけで嬉しい楽しい』とは何なのか?

 その答も劇中に登場する。自主的研究会のシーンだ。
 恐らく定時後に技術者たちが居残って職場の一角に集合し、堀越技師が司会進行役となって自前の最先端構想の図説から入り、途中の検討経過およびその結論まで解説している。いっぽう工作課の技師も呼んでいて、組立作業現場の最新の実情も、その場の全員で共有していくのである。
 ハイッ!ハイッ!ハイッ!…とその場の全員が目を輝かせて身を乗り出し、我先にと発言を申し出る。チャレンジングな目標値や具体案が語られるたび全員の歓声が上がる。そう、会議がこのモードに突入したら時計なんか邪魔でしかない。

 最後列ギャラリーとして見ていた上司の二人が『いやぁ、面白かったなあ』『感動しましたっ』と夜も更けた廊下を去ってゆく後姿のシーン、同じ経験をした人なら『時の経つのを忘れるほど楽しい時間』の記憶がフラッシュバックしたことだろう。
 ウン、機械系のモノ作りとアニメ映画の制作に、共通点があるとは思うんだけれど。
 …それにしても、何故ジブリはこれを知っている?

 高度プロフェッショナルとは、こういう仕事モードを『わかって作り出せる』スキルレベルのことだと思う。つまり、くだんの『働き方改革』とやらは絶望的な的外れでしかないのが解るだろう。

 議会制民主主義もナニもあったもんじゃない今国会だが、まず走り切って結果を見よう。
 あと少し、しっかり頼むぞ野党たち!本当にお疲れさま。
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